創世記 イシュマエルとイサク
⚠️今日も少しコアな旧約聖書のお話です。興味のない方は、どうぞ気軽にスルーしてください😊 「創世記22章・モリヤへ向かうアブラハムとイサク(AI作画)」 レンブラント《イサクの犠牲》1635年/エルミタージュ美術館蔵(Public Domain) 8月の終わりから、ありがたいことに仕事が忙しく、毎日のように水道屋の仕事をしてきました。 昨日、9月11日はイスラエルの新年、ローシュ・ハシャナでした。 「9.11」という日付を見ると、どうしてもあの日の出来事を思い出します。少し畏れを感じる一日でしたが、無事に朝を迎えることができました。 今朝、聖書の朗読箇所、パラシャーを探していると創世記21章が出てきたので、そこから読んでみました。 少し日本人的な言い方で、この物語を読んでみます。 アブラハムの家には、エジプト人のハガルというサラのお手伝いさんがいました。 サラには長い間子供ができなかったため、ハガルがアブラハムとの間に子供を産みます。 その子の名前が、 イシュマエル(יִשְׁמָעֵאל) です。 「神は聞かれる」という意味を持つ名前です。 その後、本妻のサラにも奇跡的に男の子が生まれます。 その子が、 イサク(יִצְחָק/イツハク) です。 イシュマエルの方が先に生まれていますから、アブラハムにとって最初の息子です。 ところがイサクが成長していくと、サラはハガルの子イシュマエルの存在を問題にするようになります。 特にサラが心配したのは「相続」でした。 「この女奴隷の子が、私の子イサクと一緒に相続してはならない」 そう言って、ハガルとイシュマエルを家から追い出すようアブラハムに求めます。 アブラハムにとってイシュマエルも自分の息子ですから、これは大変つらいことでした。 それでもハガル親子はアブラハムの家を離れ、荒野へ向かいます。 やがて持っていた水がなくなります。 砂漠で母と子に水がない。 ハガルは、我が子が死んでいく姿を見ることに耐えられず、イシュマエルから離れて座り、声を上げて泣きます。 すると―― 神様は子供の声を聞きました。 ここが、とても美しいところです。 イシュマエルという名前は「神は聞かれる」。 そして本当に神様は、荒野でイシュマエルの声を聞いたのです。 神様はハガルの目を開き、そこに井戸を見せま...