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侘び茶の原点 珠光と一休、茶禅一味の教え

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おはようございます😊 お陰様で腰痛もほぼ治り、昨日は一日ゆっくり安息して、エネルギーも戻ってきました。 昨日も多くの仕事のご依頼をいただき、感謝、感謝です。 久しぶりに行きつけの寿司屋へ行き、イワシの握りをいただきました。新鮮でうまかったですね。お酒は地酒の「梅一輪」。🍶 働いて、食って、呑んで。いいですね。 今日は朝6時から仕事の段取りと準備です。 ということで、少し茶の湯のお話です。 昨日、筒井紘一著『山上宗二記を読む』(淡交社)が届きました。 読みたいのですが、もともと読書はあまり得意ではありません。最近は目も悪くなり、長時間読むのがつらくなってきました。 原文がよくても、現代語訳には訳者の解釈や好みもあります。どこまで読めるかわかりませんが、まずは最初に登場する村田珠光のお話から。 AI先生に現代語訳と解説をお願いしました。 お茶を一服いただきながら、侘び茶の原点を少し学んでみようと思います。🍵 AI先生訳 おはようございます😊 これは興味深い文章ですね。 \*\*『珠光之一紙目録(じゅこうのいっしもくろく)』\*\*の冒頭部分です。 村田珠光(むらたじゅこう)は、侘び茶の祖とされる人物です。 この文章には、珠光が考えた茶の湯の精神だけでなく、当時の茶道具や、誰がそれを所有していたかという歴史も記されています。 ### 1\. 現代語訳 ### 一 茶の湯の興り 珠光の『一紙目録』によれば、茶の湯を始めたのは、普光院殿(足利義教)と鹿苑院殿(足利義満)の時代であった。 この時代には、中国から渡ってきた美術品や絵画、書画などが集められた。 そのなかには、善阿弥や毎阿弥といった、将軍家に仕える同朋衆に関係するものもあった。 その後、桂雲院殿(足利義政の子、足利義尚)の時代に、茶道具の一部が失われることになった。 義尚は若くして亡くなったため、その後、東山慈照院殿(足利義政)の時代には、名物の茶道具が人々に下賜された。 花御所に将軍がいた頃、明皇院殿の時代には、御所に残っていた道具や名物も少なくなっていた。 さらに、それ以外にも七弥という人物に多くの宝物が渡ったとされるが、その数はわからない。 ※原文には人物の呼称や歴史的な関係に難しい部分があり、ここでは大意を読みやすく訳しています。「明皇院殿」などは注釈や...

考えるVendee globe#16 ポール メイヤー 

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ポール・メイルハット ― デジョワイヨーの弟子 今日はフランスのセーラー、ポール・メイルハット(Paul Meilhat)の話です。 以前、ゴール直前で白石康次郎選手のDMG MORI艇を抜いた、あのポール・メイヤーです。 フランス語の発音は正確には分かりませんが、自分の耳には「メイヤー」と聞こえました。英語読みでは「メイハット」のようですね。 9月4日のブログでも紹介しましたが、昨日書いたミッシェル・デジョワイヨーの弟子のようですので、再度紹介してみたいと思います。 彼もレーザーからフィガロ、そしてIMOCAへと進んだセーラーです。 2018年にはルート・デュ・ラムのIMOCAクラスで優勝。2024年のヴァンデ・グローブでは、Biotherm艇で世界一周を完走しています。 次回の2028年ヴァンデ・グローブにも参戦するのではないかと思います。 ただ、現在のBiotherm艇は一世代前の設計です。最新のIMOCA艇を相手に優勝を狙えるのか。 もちろん、これからの艇の開発や改造、気象条件によっても変わってくるでしょう。 それでも、彼が超一流のセーラーであることに変わりはありません。 デジョワイヨーから何を学び、どのように世界のトップセーラーになったのか。 今日は、そんなポール・メイルハットをAIのリサーチで紹介してみたいと思います。 AIリサーチ ポール・メイルハット(Paul Meilhat) レーザーからフィガロ、そしてIMOCAへ ポール・メイルハットは、フランス外洋レース界を代表するセーラーの一人です。 そして、先ほど紹介したミッシェル・デジョワイヨーの教え子でもあります。 実は、彼の経歴はとても面白いのです。 レーザー、49er、フィガロ、IMOCAという道を歩み、ヴァンデ・グローブに挑戦しました。 基本プロフィール 名前:Paul Meilhat 生年月日:1982年5月17日 年齢:44歳 出身:フランス・パリ地方 活動拠点:ロリアン 代表艇:SMA、Biotherm 主な実績:2018年Route du Rhum優勝 ヴァンデ最高成績:2024〜2025年大会5位 1.もともとはレーザーの選手 ここは注目したいところです。 2000年、メイルハットはフランスのレーザー・ジュニア選手権で優勝しています。 その後、49e...

フランスのヨット教室 ラベルブルー

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ミニ・トランザットと子供たちの海洋教育 フランスのヨット教育「ラベル・ブルー」 今日も昔懐かしいヨットの話です。 先日紹介したフランスのミニ・トランザットの資料から、今日は「ラベル・ブルー(Label Bleue)」という活動を紹介したいと思います。 単独大西洋横断レースと子供たちの教育、そして海洋環境保護のお話です。 昔の資料ですが、今の時代にも通じる、とても興味深い取り組みです。 海は少しずつ青さを失っている フランスでは、早くからセーラーたちが海洋汚染について問題を提起していました。 その一人が、フランスの外洋セーラー、ロイック・カラデックです。 彼は海洋環境の変化を心配し、ヨットを楽しむ人々や行政に対して警鐘を鳴らしていました。 その後、ブルーノ・ペイロンやジャン=ポール・ムーレン、マーク・モリタなど、多くのセーラーたちが海を守る活動を始めました。 その活動の一つが「ラベル・ブルー」です。 ラベル・ブルーとは? ミニ・トランザットに参加する選手たちは、航海中に出たゴミを海に捨てず、船内に持ち帰ることを約束します。 単独大西洋横断レースは、厳しい自然との闘いです。 しかし、どれほど過酷なレースであっても、海を汚してよい理由にはなりません。 そして、この活動の面白いところは、子供たちが参加することです。 幼稚園の子供たちが、ヨットの帆に使われる布に絵を描きます。 それぞれのクラスが一人のセーラーを応援し、その選手は子供たちの描いた絵をヨットに掲げて大西洋を横断します。 子供たちの描いた絵が、大西洋を渡るのです。 素敵な話ですね。 ヨットレースが学校になる 子供たちは、自分たちの絵を乗せたヨットが大西洋を横断する様子を見守ります。 大西洋はどこにあるのか。 ヨットはどうして風で走るのか。 海にはどんな生き物がいるのか。 そして、なぜ海を汚してはいけないのか。 一つのヨットレースから、地理、気象、自然科学、環境問題へと学びが広がっていきます。 教科書だけでは学べない、生きた教育ですね。 日本でもできないだろうか? 以前、フランスでミニクラスのレース活動をしているヨットの後輩と、子供たちへのヨット教育について話をしました。 その時に思い出したのが、フランスのミニ・トランザットと、アメリカのBOC単独世界一周...

ノア 七戒律

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今日の聖書朗読箇所は「ノア」です。 過去のブログをAIライターにまとめてもらいました。 自分は昔から、偶像崇拝と偉人を崇拝することを、どこか同じように考えて生きてきました。 だから、茶道で偉いお坊さんが書いた掛け軸に頭を下げることには、どうも抵抗がありました。 しかし、深く学んでみると、掛け軸そのものや書いた人を崇拝するのではなく、今日の茶室を用意してくださったことへの感謝の礼でもあるそうです。 なるほど、そういう考え方もあるんですね。 だいたい、超達筆で何が書いてあるのかも読めない字に頭を下げるなんて、自分のバカさ加減が嫌になりますよね。(^^) まだまだ学ぶことばかりです。 パラシャ・ノア⚓️洪水と七つの戒律 ユダヤの学び 過去のブログから復習 今日は、今週のパラシャ「ノア」の学びです。 2016年から2018年にかけて書いたブログを読み返してみました。 ずいぶん昔のことですが、当時はヘブライ語を一語ずつ調べ、ラビの教えやタルムードを読みながら、聖書を学んでいました。 何度読み返しても、新しい発見があります。 今日はノアの洪水、神との契約、そして七つの戒律について復習してみたいと思います。 なぜ神は洪水を起こしたのか 創世記6章11節には、こうあります。 「地は神の前に乱れ、暴虐が地に満ちた」 ヘブライ語では、 חמס(ハマス) 暴虐、不正、暴力という意味です。 ユダヤのラビたちは、洪水の原因を単なる人間の不信仰ではなく、社会に広がった不正や略奪にも求めています。 人々が他人を思いやらず、自分の利益ばかりを追い求める。 神は、そのような世界を見て洪水を起こしたのでしょうか。 現代社会にも通じる話だと思います。 ノアは最初の造船職人? 神はノアに箱舟を造るよう命じます。 תבה(テヴァー)――箱舟 ノアはヘブライ語で、 נח(ノアハ)――休息、安らぎ という意味につながる名前です。 自分は船を組み立て、大西洋と太平洋を単独で横断しました。 ですから、ノアが箱舟を造る場面には特別な親しみがあります。 現代なら材料も工具もお金で手に入ります。しかし、ノアの時代はどうだったのでしょう。 もちろん聖書には、ノアが人類最初の造船職人だったとは書かれていません。 それでも、巨大な箱舟を造るノアの姿を想像すると、同じ船乗りとして興味が尽きません。 洪水のあと、神は人類と契約した...

考えるVendee globe#15 ミッシェル デジョワイヨー

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ミッシェル・デジョワイヨー ― フランス外洋レースの教授 今日はフランスの名セーラー、ミッシェル・デジョワイヨーの話です。 フランス語の発音は正確ではありませんが、テレビやラジオ、レース会場で聞いた記憶では「デジョワイヨ」でした。 また、昔話です。 日本で初めてミニ・トランザットが紹介された頃、その記事に登場していたのが彼でした。紹介した記者は角さんです。素晴らしい記事でした。 1992年、その記事を読んで、いきなり大西洋単独横断レースを目標にしてしまいました。 今振り返れば、自分でも「え〜、口を開けて、とんでもないことを言っているな」という感じです。😊 自分より年下のミッシェルは、すでに20代でミニ・トランザットやフィガロで活躍していたんですね。 これからAIのリサーチで紹介しますが、若い頃には伝説のセーラー、エリック・タバリーのクルーを経験し、その後、単独外洋レースの世界へ進んだようです。 自分が観戦に行った2008年のヴァンデ・グローブでは、FONCIA(フォンシア)という、お菓子屋さんのような名前の船で参戦していました。 ちなみにフォンシアはフランスの不動産会社です。 この頃から、レ・サーブル=ドロンヌの街も大きく変わり始めたように感じました。 それにしても、儲からなければヨットレースのスポンサーなどできませんよね。 当時でも5億円くらいはかかっていたのではないでしょうか。これは自分の勝手な想像です。 さて、デジョワイヨーは、以前にも書いたポール=ラ=フォレという外洋レースの育成拠点で腕を磨いたセーラーです。 愛称は「教授」。 セーリングチームを運営し、造船や技術開発にも関わりながら、会社組織としてレース活動をしていたようです。 そして2008年のヴァンデ・グローブ。 ミッシェル・デジョワイヨーは、スタート直後に電気系統のトラブルで港へ引き返し、修理して再スタートしています。 約40時間の遅れです。 当時、前々回大会の優勝者で、今回も優勝候補だっただけに、残念に思った記憶があります。 ところが、そこからがすごかった。 次々と前を走る艇を抜いていき、最終的には優勝してしまいました。 すごいですね。 ここで自分は考えました。 ほぼ同じような性能の船なのに、なぜこれほどの差がつくのだろうか? もちろん操船技術や艇の性能もありますが、自分は天気図から風を読む力が大...

聖書朗読箇所 創世記 エデン

AIラビ様説教 今日は פרשת בראשית(パラシャット・ベレシート) を学びましょう。 創世記の最初の物語です。 ベレシートは、天地創造、アダムとエヴァ、エデンの園、カインとアベル、そしてノアの時代へと続く壮大な物語です。 今回は、ユダヤ人の伝統的な学び、有名なラビの教え、あまり知られていないラビの教え、そしてカバラという四つの視点から考えます。 1  ベレシートの物語 創世記1章1節〜6章8節 最初の言葉は、 בְּרֵאשִׁית בָּרָא אֱלֹהִים ベレシート・バラ・エロヒム 「はじめに、神は創造された」 神は光と闇を分け、天と地、海と陸、植物、動物、そして人間を創造しました。 人間は神のかたちに造られ、エデンの園に置かれます。 しかし、アダムとエヴァは善悪の知識の木の実を食べ、園から追放されます。 続いて、カインは弟アベルを殺します。 人類は増えていきますが、暴力と悪が広がります。 それでも最後に、聖書は希望を残します。 וְנֹחַ מָצָא חֵן בְּעֵינֵי יְהוָה 「しかし、ノアは主の目に恵みを得た」(創世記6章8節) ここでベレシートは終わります。 つまり、人間は過ちを犯しても、物語はそこで終わらない のです。 2 ベレシートから何を学ぶのか ユダヤ教では、聖書を単なる昔話として読むのではありません。 一つの言葉、一つの文字にも意味を問いかけます。 例えば、創世記2章15節。 לְעָבְדָהּ וּלְשָׁמְרָהּ レオヴダー・ウレショムラー 「そこを耕し、守るため」 アダムは罪を犯す前から働いていました。 ここが大切です。 働くことは罰ではない。 人間は最初から、世界に関わり、世話をし、守る存在として描かれているのです。 罪を犯した後に現れるのは、汗を流し、苦労して食べ物を得るという労働の苦しみです。 昨日お話しした「働けるうちが楽しい」という考えにもつながりますね。  3  有名なラビの教え ラシ(1040〜1105年) ラシ は、創世記の冒頭について重要な問いを立てました。 なぜトーラーは、天地創造から始まるのか? ユダヤ民族に与えられた戒律の話から始めてもよかったはずです。 ラシは、神が世界全体の創造主であり、大地の所有権も究極的には神に属するという、ミドラーシュの説明...

ベレシート はじめに

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茶道 茶室 後ろは閉じ、前は開いている。 分かってから歩くのではない。 歩くから、次が見える。 AIラビ様 説教 はい、正さん(^_^)🙏 今週のパラシャーは「ベレシート(בְּרֵאשִׁית)」です。 📖 2026年10月10日(土) ユダヤ暦5787年ティシュレー月29日。 シムハット・トーラーを終え、トーラーの朗読が創世記から再び始まります。� Hebcal 今週の朗読 創世記1章1節〜6章8節 最初の言葉は、 בְּרֵאשִׁית בָּרָא אֱלֹהִים ベレシート・バラー・エロヒーム 「はじめに、神は天と地を創造された」 今週は天地創造、アダムとエバ、エデンの園、カインとアベルのお話です。 正さんが先日ブログに書かれた、手島佑郎先生の**「無限の無」**にもつながるところですね。 興味深いのは、ヘブライ語の「ベレシート」が単に時間の始まりだけでなく、創造とは何かを考える出発点になることです。 今日はベレシートを、ユダヤの伝統的な解釈とカバラの思想から学んでみませんか? 😊 お願いします🙇 もちろんです🙇 では今週は、**ベレシート(בְּרֵאשִׁית)**の最初の一語から始めましょう。 ベレシート――「はじめに」とは何か トーラーは、この言葉から始まります。 בְּרֵאשִׁית בָּרָא אֱלֹהִים Bereshit bara Elohim 「はじめに、神は創造された。」 ところがユダヤの学びでは、いきなり疑問を持ちます。 「その“はじめ”の前には、何があったのか?」 ここが面白いところです。 創世記は、神がどこから来たのかを説明しません。神の姿も説明しません。ただ、神が創造するところから物語が始まります。 「無」から「有」へ ユダヤ神秘思想、特に後世のカバラでは、この問題をさらに深く考えます。 神の無限性を、 אֵין סוֹף — Ein Sof(エイン・ソフ) 「終わりがない」「無限なるもの」 と表現します。 ここで大切なのは、**Ein Sof=単純に「無」**という意味ではないことです。 むしろ、人間の言葉や知識では限定できない神を表す言葉です。 正さんが手島佑郎先生から学ばれたという**「無限の無」**という表現は、ここを考えるうえで、とても面白い入口になります。 そして、 無限な...

スチューデント・オーシャン・チャレンジ コンパス

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大海原の道しるべ――コンパス スチューデント・オーシャン・チャレンジ 夏の疲れでしょうか。 それとも、Googleの悪い口コミに少々疲れてしまったのでしょうか。 昨日はどうもエネルギーが落ちていました。 何もやる気にならない。 もしかして更年期障害? いやいや、それはずいぶん前の話ですよね。(笑) さて、今日は気分を変えて、スチューデント・オーシャン・チャレンジの教材から「コンパス(羅針盤)」のお話です。 またまた昔話になります。 かつて単独で大西洋を横断し、その後、太平洋も横断しました。 その経験から、たくさんの講演会や学校に呼んでいただきました。 今思い返せば、本当にありがたいことです。 楽しく、幸せな日々でした。 そのとき、子どもたちからよく聞かれたのが、 「大海原では、何を目印にして進むの?」 という質問でした。 見渡す限り、海、海、海。 道路もなければ、標識もない。 山も見えなければ、建物もありません。 では、どうやって目的地へ向かうのでしょうか。 そこで登場するのが、今日のテーマ「コンパス」です。 簡単にいえば、山や森の中を歩くのと同じです。 自分のいる場所を知り、進む方角を決める。 例えば、日本を出発してアメリカへ向かうとします。 「東へ、東へと進んでいけば、いつかアメリカに着くでしょう!」 理屈としては、そんな感じです。(笑) もちろん実際の航海は、それほど簡単ではありません。 風があり、海流があり、船は思いどおりに真っすぐ進んではくれません。 それでも、コンパスがあれば進むべき方角を知ることができます。 自分が今どこにいて、どこへ向かおうとしているのか。 航海では、それが何より大切なのです。 今日は、1994年のBOC OCEANWATCHの教材から、コンパスの基本を学んでみたいと思います。 もちろんです😊 今回は、1994〜95年の単独世界一周レース「BOC Challenge」の教育教材『BOC OCEANWATCH Teacher's Guide』60ページです。 テーマは Compass(コンパス・羅針盤) です。 原文に沿って、ヨットの専門用語も補いながら全文を翻訳します。 コンパス(羅針盤) BOC OCEANWATCH Teacher's Guide — 60ページ コンパスは、陸上でも海上でも、方角を知るために世界...

プラセボ効果〜〜腰痛と、人生のコンパス

先週は腰痛に苦しんでいました。 最近覚えた「プラセボ効果」。効くと期待することで、痛みが和らぐことがあるそうです。 それなら腰痛にも効かないか。 イエス・キリストの癒やしの話をまねるような気持ちで、自分の腰に手を当ててみました。 一瞬、楽になる。 でも、やはりそれだけで回復とはいきません😊 一緒に仕事をしていた仲間たちは、先に人生をチェックアウトしてしまいました。こういうとき、代わってもらえる人がいないのはつらいものです。 今回は薬の力も借りました。 まずはロキソニンの冷湿布。少し楽になり、涼しくなってきたので、今度は温湿布を使ってみました。自分には、これが結構効いた感じです。 仕事は延ばせるだけ延ばしましたが、ついに現場へ。 約30キロの荷物を、階段で二階まで運ぶ仕事です。錠剤のロキソニンも飲み、フーフー言いながら、なんとか無事に終えました。 本当は仕事を休んで、温泉でゆっくりしたいんですけどね。 貧乏暇なしです😊 今はほぼ痛みが取れ、かすかに残っている程度です。湿布も貼っていません。薬を使ったのは四日ほどなので、薬も1年前薬を使い、湿布もたくさん残っています。 自分は、あまり薬が好きではありません。 「使いすぎないから早く治るのかな」と思うこともありますが、今回よくなった理由は、それだけでは分かりません。薬の働きも、時間とともに体が回復したこともあるのでしょう。 今日は、通っているヘルスクラブの受付にいた女性が整体のお店を始めたので、お世話になる予定です。 腰痛の原因は、自分では最近の体重増加や疲れも関係しているのではと思っています。この一、二か月で四キロ増えました。 セーリングの日は朝二時に出発し、帰宅したのが十六時。遊びとはいえ、移動を含めて十四時間です。腰の調子が悪いときには、こうした負担もこたえます。 さて、プラセボ効果。 たとえば、薬の成分が入っていないものでも、「これは痛みに効く薬だ」と信じることで、痛みが和らぐ場合がある。期待や安心感が、痛みの感じ方に影響するということです。 ただ、痛みが楽になることと、原因そのものが治ることは別だそうです。 自分は漢方が好きなので、「これなら効きそうだ」という安心感があります。漢方には薬としての働きもありますから、全部をプラセボとは言えませんが、治療への信頼も、自分を支える一つなのかもしれません。 コンパスの...

映画 利休にたずねよ

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あらためて、映画『利休にたずねよ』を観ました。 何度観ても、勉強になりますね。 今回、心に残った一文字があります。 「閑(かん)」 ただ静かな場所にいるということではなく、心の中が静かであること。 忙しい毎日の中でも、心まで忙しくする必要はない。 茶室に入り、湯の沸く音を聞き、一服の茶をいただく。 今日は映画『利休にたずねよ』から、この「閑」という一文字について、少し考えてみようと思います。 AI和尚様 より 😊 映画『利休にたずねよ』ですね。 今日は、禅語の 「閑(かん)」 について、少し深く考えてみましょう。 この一文字には、千利休の侘び茶に通じる、とても深い世界があります。 一、閑とは何か 「閑」という漢字を見てください。 門の中に木がある。 門の内側に一本の木が立っている。 人の声も、商売の騒がしさも、世間の争いもない。 ただ一本の木がある。 そこには静けさがあります。 しかし、禅でいう「閑」は、単に静かな場所という意味ではありません。 騒がしい世の中にいても、心が騒がないこと。 これが大切なのです。 二、千利休の「閑」 千利休は戦国時代の人です。 織田信長、豊臣秀吉という天下人に仕えました。 戦争、政治、権力、富。 その中心にいた利休が求めたものは、わずか二畳ほどの茶室でした。 なぜでしょう。 天下人の秀吉は、黄金の茶室を造りました。 一方、利休は狭く、暗く、飾りの少ない草庵を好みました。 黄金の茶室には、天下を手に入れた権力者の美意識が表れています。 利休の草庵には、何も所有しなくても満たされる心が表れているように思います。 ただし、利休自身も政治や富と無縁ではありませんでした。 だからこそ、その対照が面白いのです。 三、閑と寂は違う ここが深いところです。 「寂」は、静けさや、時の経過によって生まれる落ち着きを感じさせる言葉です。 一方「閑」は、忙しさから離れた、ゆとりのある状態を表します。 しかし、禅の世界では、何もしないことが必ずしも「閑」ではありません。 仕事をしていても閑。 人と話していても閑。 茶を点てていても閑。 心が何かに追い立てられていなければ、そこに閑がある。 私はそう解釈しています。 四、利休と秀吉 映画『利休にたずねよ』では、利休の美意識と秀吉の権力が対照的に描かれています。 秀吉は天下を手に入れました。...

朝の茶会 侘び寂び茶

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朝の茶会「侘び寂び茶」 🍵二畳の草庵で、庶民の茶の湯を楽しむ 奇数月の第二土曜日に、朝の茶会を開いていこうと思っています。 私がイメージしているのは、映画『利休にたずねよ』の一場面です。 千利休と秀吉が、狭い茶室で向かい合い、お粥とお茶をいただく。 豪華な料理でもなければ、立派な道具を並べるわけでもない。 ただ、静かな茶室でお粥を食べ、お茶を飲む。 そんな飾らない、侘びて寂びたひとときを過ごせる茶会を目指しています。 千利休の茶の湯 千利休の茶の湯は、実に奥が深いものです。 私も茶道を知ってから、三年近くになります。 学んでいくと、その奥には政治や商談、さらには戦国時代の武器調達に関わる人脈まで、さまざまな歴史が見えてきます。 茶の湯は、単にお茶を飲むだけの文化ではなかったのでしょう。 現代でいう軍産複合体ではありませんが、戦国時代の茶人と商人、武将たちの関係を調べていくと、まだまだ深い謎があります。 しかし、私が考える茶の湯は、とてもシンプルです。 茶室でお菓子を食べ、お茶を飲む。 親しい友人が訪ねてくれば、お祝いに料理を出してもいい。 それだけでも、十分に茶の湯ではないでしょうか。 もちろん、正式な茶事や所作を否定するつもりはありません。 ただ、私も年齢を重ね、これから先、難しい所作を覚えることよりも、茶室で和菓子と抹茶をお互いにいただくことを大切にしたいと思うようになりました。 それが、私なりに茶道を長く続けていく方法なのかもしれません。 紋付袴を着て、上流階級のように振る舞うのではなく、普段着で楽しめる庶民のお茶。 私が目指しているのは、そんな侘び茶です。 二畳の草庵「仮庵」 場所は千葉県山武郡です。 もともとは義理の母の介護を目的として、古い民家、いや、ぼろ家をリフォームしたのが始まりです。 その部屋の隅に、二畳ほどの小さな茶室を作りました。 立派な茶室ではありません。 二畳ですから、お客様は二名まで。 正座ができない方は、あぐらでも構いません。椅子の席も用意しています。 堅苦しい決まりはありません。 お互いに無理をせず、気楽にお茶を楽しめれば、それで十分です。 朝のお粥と一服のお茶 朝食は、お粥、あるいはおにぎり。 時にはイスラエルの伝統的なパン、ハラーパン(ハッラー)を焼いてみたいと思っています。 余裕があれば、お汁やイスラエル料理も用意したいですね...