茶事のご飯
飯のうまさ 安息日のお茶の準備をしながら、なぜ茶懐石では最初にご飯が出るのだろうと考えていました。 一般には、懐石は茶をおいしくいただくための食事であり、まず飯と汁で空腹を落ち着かせるためだと言われています。 しかし、自分は少し違うことを思いました。 美食家として知られる北大路魯山人は、「本当にうまいものは毎日食べても飽きない」という趣旨の話をしています。 豪華な料理や珍味はたまに食べるからおいしい。 けれども、ご飯は毎日食べても飽きません。 だから飯こそが一番うまい食べ物なのではないか。 茶懐石で最初にご飯が出るのも、そのような日本人の食の原点を大切にしているからかもしれません。 今回の安息日のお茶では、イスラエルのハラーパンを用意する予定です。 ユダヤ教では安息日に家族や仲間とハラーパンを分かち合います。 日本ではご飯をいただき、ユダヤではハラーパンを分かち合う。 形は違っても、どちらも命を支える食べ物を感謝していただくという点では同じように感じます。 豪華な料理も楽しいですが、最後に心に残るのは、炊きたてのご飯や焼きたてのパンのような素朴な味わいなのかもしれません。 利休の茶も、魯山人の食も、そして安息日のハラーパンも。 豊かさとは、案外そんな日々の当たり前の中にあるように思います。 PS コヘレトには、 「さあ、喜んであなたのパンを食べ、良い心であなたのぶどう酒を飲め。」 (コヘレト 9:7) という言葉があります。 難しいことを考える日もありますが、まずは飯を食べ、パンを分かち合い、一服のお茶を楽しむ。 それもまた大切な人生の知恵なのでしょう。