これは道のほとりの高い所の頂、また、ちまたの中に立ち、 משלי ח ב בראש מרמים עלי דרך בית נתיבות נצבה これは箴言(ミシュレ)8章2節ですね。 בראש מרמים עלי דרך בית נתיבות נצבה (B'rosh meromim alei derekh, beit netivot nitzavah) 一単語ずつ ヘブライ語 読み 意味 בראש ベローシュ 頂に、頭に、最高の場所に מרמים メロミーム 高い所、高台 עלי アレイ ~の上に דרך デレフ 道 בית ベイト 家、場所 נתיבות ネティヴォート 小道、通り道、進路 נצבה ニツァヴァー 立つ、立っている 直訳 「高い所の道の上に、道と小道の分かれる場所に、彼女(知恵)は立っている。」 解説 この章では「知恵(ホフマー)」が女性として描かれています。 知恵は隠れた場所ではなく、 高い場所 道の分かれ目 人が集まる場所 に立って人々を呼びます。 つまり、 神の知恵は特別な人だけのものではなく、誰でも見つけられる場所にある という教えです。 ユダヤ人の学び ユダヤ人はこの箇所から、 「人生の分かれ道こそ学びの時」 と考えます。 順調な時よりも、 転職するとき 結婚するとき 病気になったとき 老後を迎えたとき こうした「岐路」でこそ知恵が必要になります。 ラビたちは 「迷いは失敗ではない。知恵への入口である」 と教えます。 あまり有名ではないラビの教え 18世紀のハシディズムのラビ、 ラビ・メナヘム・メンデル・オブ・コツク はこう語りました。 「神はどこにおられるか。 神を迎え入れる場所におられる。」 知恵も同じです。 知恵は遠くにあるのではなく、 心を開いた人の中に入る という意味です。 カバラ的解釈 カバラではこの「知恵」は ホフマー を表します。 ホフマーは神から最初に流れ出る閃きの光です。 そして 「道(דרך)」は ティフェレト へ向かう霊的な道。 「小道(נתיבות)」は 生命の樹を流れる様々な経路です。 つまりこの節は、 神の光は人生の分岐点に現れる と読むことができます。 ミサさん向けの禅的・茶人的な読み方 茶室へ向かう露地も「道」です。 利休も珠光も、 山奥で悟りを待つのではなく、 日常の中に茶を見ました。...