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デイライトセービングタイム

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「江戸の時間」「デイライトセービングタイム(夏時間)」「自分時間」、そして“太陽はセーブできない”という軸で、一本にまとめました👇 デイライトセービングタイム(夏時間)と江戸の時間 今日、4月13日。 朝6時、すでに太陽は高く、体感ではかなり昇っている。 まだ4月ですよ、と少し心配になる。 日本人大丈夫か?と思いながらも、 自分にとっては悪くない。 渋滞がない。 人ごみがない。 人と関わらなくていい。 静かな時間が流れている。 デイライトセービングタイム(夏時間)とは デイライトセービングタイム。 日本語では「夏時間」やサマータイムという。 👉 明るい時間を有効に使うために、時計を1時間進める制度 アメリカ合衆国や ヨーロッパでは今も使われている。 人間の都合で、時間を動かす仕組みだ。 太陽はセーブできない よく考えると、少し不思議な制度でもある。 デイライトセービングタイム。 直訳すれば「日光を節約する時間」。 でも本当は 👉 太陽をセーブしているわけではない 太陽は昔から変わらず昇り、沈むだけ。 人間が、そこに合わせようとしているだけだ。 江戸時代の時間 日本には、もっと自然な生き方があった。 江戸時代は、時計ではなく 👉 太陽で時間を決めていた 「明け六つ」=夜明け 「昼九つ」=正午 「くれ六つ」=日暮れ 季節によって時間が伸び縮みする 👉 不定時法 つまり 👉 時間を変えるのではなく、人が自然に合わせていた サマータイムではない生き方 これはサマータイムではない。 斉藤実さんの教えはシンプルだ。 👉 明るい時間に生活する 時計を動かすのではなく、 自分が太陽に合わせて動く。 気がつけば、30年以上続けている生活習慣だ。 待つという時間 とはいえ、社会は日本時間で動いている。 店も、仕事も、営業時間がある。 だから結局、待つことになる。 これはまるで 千利休の世界。 茶の湯もまた「待つ文化」。 湯を待ち、客を待ち、 一服のために時間を整える。 自分の中の時差 自分の中には、いくつかの時間がある。 日本時間 グリニッジタイム ローカルタイム そして、自分の時間 日本時間では朝6時。 でも自分の中では、すでに9時。 太陽は昇り、体は動き出している。 けれど世の中は、まだ眠っている。 結び デイライトセービングタイムは 👉 人...

船底塗装工事

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船底塗装と、動くということ 本当は2日で終わらせる予定でしたが、 途中で雨に降られ、結局3日がかりの作業になりました。 💦ふぅ〜……という感じです。 天気には勝てませんね。 外の仕事は、自然との付き合いそのものです。 それでも、仕上がった船底を見ると、やっぱり気持ちがいい。 綺麗になるというのは、それだけで価値があります。 フランスのブルターニュで見た造船の風景、 あの塗装作業を、ふと思い出します。 現地で一緒に作業していたフランス人の友人が、 よく「ニッケール」と言っていたのを思い出します。 仕上がりを見て、ひと言—— 「完璧だ」「いいね」という、あの軽やかな言葉。 こうして作業をしていると、 不思議とフランスにいるような気分になれる。 そんな、ささやかな喜びがあります。 船底が整うと、水の抵抗が減り、 セーリングのときの“すべり”がまるで違ってきます。 ほんの少しの差ですが、 その差が、風を受けたときの伸びやかさにつながる。 こういう感覚は、やった人にしかわからない世界ですね。 そして、あらためて思うのは—— 「動いてこそ、セールボート」だということ。 どれだけ綺麗にしても、 どれだけ整備しても、 港に置いたままでは意味がない。 やはり海に出て、風を受けて、動かしてこそ。 それが船の本来の姿だと思います。 人間も同じかもしれませんね。 整えることも大切ですが、 最後はやっぱり「動くこと」。 動いて、風を受けて、はじめて その人の本当の力が出る。 今回の作業で、そんなことをあらためて感じました。 3日かかりましたが、仕上がりはニッケール。 さて、次は海へ。 綺麗になった船で、いい風を受けたいですね。 PS 斉藤一人さんの言葉を思い出しました。 「地球は動いている星。だから、動けば必ず何かが変わる。」 記憶は少し曖昧ですが、そんな意味だったと思います。 困ったとき、悩んだときこそ—— あれこれ考える前に、まず動く。 そんなシンプルな教えが、今の自分にはしっくりきます。

船底塗装 備品

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塗装の段取りチェックリスト □ 長靴 □ 作業服 □ スクレーパー □ 亀の子たわし □ マスキングテープ □ 塗装用刷毛 □ 塗料 □ ペラクリーン □ シャフトジンク □ 台車 □ サンダー □ 延長コード □ 着替え 忘れ物ひとつで作業効率は大きく変わる。 段取り八分、仕事二分。 今日もチェックしてから現場へ。 👍 ⚠️忘れ物キャタツ

お茶会

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お茶会 仕事の合間に病院へ。 受付を済ませると、待ち時間は90分。 「今日は混んでいるんですよ」と言われ、 一度外に出ることにしました。 近くに、7のつく日だけ開く古着の呉服屋さんがあり、 ふらっと立ち寄ると、そこもごったがえしている。 男物は全体の5%ほど。 触っていいのか迷いながら見ていると、 売り子の女性が声をかけてくれました。 最初に出てきたのは、ゴールドとベージュの間のような上品な一着。 ただ少し小さい。 次に、黒に近い落ち着いた色の着物。 着てみると、ちょうどいい。 値段は——6000円。 ……衝動買いです。 どこかの茶会で着られればいいな、と思っていたら、 ちょうど今回のお茶会に着ていくことに。 クリーニングもしていないので、 シワや古着の匂いは少し気になるけれど、 色と絹の生地が気に入り、自分に合っている気がする。 今日はこれでいきます。 腰掛待合からお清めへ。 二畳の茶室(自分で勝手に「待庵」と呼んでいます)。 そこで最初に目に入ったのが、掛け軸の一文字—— 「真心」 ここで一気に引き込まれました。 千利休が目指した 「真心の交わり」。 心と心が直接ふれあうために、 身分や立場、距離、さらには生死の違いさえも取り払おうとした。 その行き着いた先が、 最小の茶室だったのかもしれません。 言葉にならない思いや、 本人も気づかないような心まで感じ取ろうとする世界。 茶室に入った瞬間、 少しだけそれに触れた気がしました。 そして濃茶のお点前。 茶杓20杯、なかなかの一服。 very expensive な世界(笑) 正直、まだこの深みはよくわかりません。 でも、わからないままでいい気もします。 ハッピートークでは、 初めて着る着物が嬉しくて、 ただ「着物を着る機会に感謝です」と一言。 それだけなのに、 ちゃんと場の一部になれている感じがしました。 ここからは、AI先生の解説。 ■ 一期一会とは 👉 その出会いは、一生に一度きりということ 同じ人と会っても、 同じ場所でも、 同じ時間は二度とありません。 だからこそ、 👉 今この一瞬を大切にする これが一期一会です。 ■ 一座建立とは 👉 その場にいる人たちで、一つの世界をつくること 茶の湯は、亭主だけでも、客だけでも成り立ちません。 ・亭主が点てる ・客が受ける ・空気を読む ...

若竹煮

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今日はお茶会に招いていただき、茶の湯です。 一応いろいろ予習はしているけど、 年のせいか記憶があやしくて、ちょっと不安…。 ご迷惑かけないといいのですが。 これまでの経験から思うのは、 やっぱり一番大事なのは「見た目」かなと。 洋服より着物、さらに言えば袴が正式なんでしょうね。 ただ、自分はどうも袴に少し抵抗があって、 しっくりこないんですよね。 なので失礼とは思いつつ、 今日は着物でいかせてもらいます。 あとはもう、その場の流れに身をまかせて一服。 これもまた勉強ですね。 感想はまた後日、😊 出かける前に少し時間があったので、若竹煮を作ってみました。 前回は、YouTubeで 村田吉弘さん、 道場六三郎先生、 笠原将弘シェフの動画を見ながら、 自分なりにアレンジして、なかなかうまくできました。 今回は思い出しながらの目分量。 さて、どうなるかは食べてのお楽しみです。 最近は味にこだわりすぎず、 お酒を楽しむほうに重きを置いているので、 ほどほどで十分かな、という感じです。 材料は近所のスーパーで見つけた、地元の新鮮なたけのこ。 昨日のうちに先を落として、ぬかであく抜き。 一晩寝かせて、今日は菊乃井風に隠し包丁。 ここからはもう、かなりいい加減です(笑) 水はたけのこがかぶるくらい。 酒は多めに投入。 笠原シェフ曰く「たけのこは酒飲み」ですからね。 みりんも同量、ここは自分のこだわりで純米酒と本みりん。 だしはとらず、かつお節をかんなで削って、気持ち多めに(たぶん150回くらい)。 仕上げは、ちょっと遊びで昆布茶を使って塩味を調整、 醤油は控えめに。 最後にワカメをきり、人に立てこれは賛否両論風に。 たけのこ好きなので、まずくはならないはず(笑) 今晩はこれで一杯。

箴言7:25

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​ あなたの心を彼女の道に傾けてはならない、またその道に迷ってはならない。 1955年日本聖書協会訳 משלי  ז כה אל ישט אל דרכיה לבך אל תתע בנתיבותיה אל アル するな ない 1-30-31 ישט イェストゥ 傾斜 それる 流れる 10-300-9-319 אל エル へ 1-30-31 דרכיה デラヘハ 彼女のやり方 道 4-200-20-10-5-239 לבך リベハ あなたの心 30-2-20-52 אל アル するな 1-30-31 תתע テタア 迷う さまよう はぐれる 400-400-70-870 בנתיבותיה ビヌティボウティハ 彼女の歩む道 小道 2-50-400-10-2-6-400-10-5-885 💌AI先生 解説 全体まとめ(直訳) 「あなたの心を彼女の道へそれさせるな。彼女の小道に迷い込むな。」 意味(やさしく) これは 👉誘惑(特に不道徳・欲望)への警告です。 つまり 「心が流されるな。道を踏み外すな。」 ミサさん的に茶と禅で一言にすると👇 👉 「心を道から外すな」=守破離の“守”の核心 💌教え いい流れですね。 この一節、かなり深く読めます。 📖 原文 אל ישט אל דרכיה לבך אל תתע בנתיבותיה ✡️ ラビ的な教え(やさしく) ラビたちはここをこう読みます👇 👉「人は外で迷う前に、心の中で迷っている」 つまり 問題は行動ではなく“心の傾き” たとえば ・悪いことをする前に ・すでに心がそちらへ流れている だからこの言葉は 👉 「心のハンドルを握れ」 という教えです。 🔥 カバラ的解釈(善と悪の衝動) カバラでは人の中に 善の衝動(イェツェル・トヴ) 悪の衝動(イェツェル・ラー) があるとされます。 この一節は👇 👉「悪の衝動は“道”を作る」 דרכיה(彼女の道)=習慣・流れ נתיבותיה(小道)=細かいクセ・日常の選択 つまり 👉 一度入ると“道になる” 👉 さらに進むと“抜け出せない小道”になる 🍵 茶の湯での解釈(ミサさん風) これ、完全に茶の話にもなります👇 茶の湯では 👉 「心が乱れれば一服も乱れる」 例えば ・雑に扱う ・形を軽く見る ・楽な方へ流れる 最初は小さなズレ でもそれが👇 ...

白湯

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今日は茶の湯の話です。 お茶の中でのご馳走は、和菓子や抹茶そのものだけではありません。 どのような水を使うか――これもまた、大切な要素のひとつです。 『茶 利休と今をつなぐ』の中で、千宗屋家元もその点に触れています。 なぜ、白湯が勧められるのか。 以前は不思議に思っていました。 そこには、京都の井戸水のうまさがあり、 その水そのものを味わう、という意味があったのですね。 昨年参加した奈良の珠光茶会。 その折に訪れたのが、大神神社。 三輪そうめんで有名な土地です。 境内には「薬水」と呼ばれる水があり、 直接いただきました。 味は――正直に言えば、当たり障りのない味。 けれど、「薬水」という言葉と場所の力でしょうか、 不思議と身体に良さそうな気がする。 気が、身体を整える――そんな感覚でした。 お土産に水も買い、ホテルで一服。 「うまい」というより、「うまい気がする」。 それもまた、お茶の味なのかもしれません。 私は水道屋という水商売ですが、 子どもの頃は井戸水で育ちました。 東京で暮らしていた頃、受水槽の水を飲んで気分が悪くなって以来、 40年以上、水は買って飲んでいます。 昔はサントリー南アルプスの天然水をよく飲みました。 当時は2リットルで350円ほど。 今と比べると、ずいぶん高い時代でした。 そんな経緯もあって、水には少しうるさい。 今でも飲食店の水はほとんど口にしません。 その代わり、飲みたいときはお米の水をいただくこともあります。 奈良から京都へ向かう旅の途中、ふと気づいたことがあります。 もともと茶葉は、中国から薬として伝わったもの。 そう考えると、戦国時代の武将たちが茶を好んだのは、 単なる嗜好ではなく、現代でいうサプリのような役割もあったのではないか―― そんなふうに思えてきました。 奈良出身の村田珠光、 そして近くには一休寺。 薬水と茶の湯。 どちらも身体を整えるものと考えれば、 茶の湯が広まった理由のひとつが、少し見えてくる気がします。 昔見た韓国ドラマでも、 漢方と水の関係の深さが描かれていました。 水とお茶。 ここにもまた、見えない味があるのかもしれません。 今日の言葉 白石康次郎さんの 天如水 AI先生 解説 いい言葉ですね。ミサさんの「白湯」の話ともぴったり重なります。 天如水(てんにょすい)とは 意味(やさしく) 👉 天は水のようである...

葬儀 戒名

今日は戒名についてです。 仏教ですので他宗教の方はスルーしてください。 先月、父が他界し、人生で初めての葬儀の喪主。 葬儀社は遺言どおり近所に依頼。事前に聞いた金額は「だいたい100万円」。 👉「え〜、高いな…」と正直びっくり。 いざその時になると順番待ちで4番目。 急ぐようでしたら他を紹介しますとのこと。 値段交渉どころか「お願いします」という流れでした。 さらに驚いたのが戒名代。 信士:50万円以上 居士:80万円以上 院号:100万円以上 しかも全部「以上」。そして“お布施”。 うーん…なかなか深い世界です。 ただ、お寺は立派で50年ぶりの納骨。 👉「50年で50万なら…まあいいか」 と少し納得。 葬儀も全部お任せでスムーズに終了。 ありがたいけど、やっぱり金額は重い。 正直、低所得の人にはかなり厳しい世界だと思います。 👉「檀家が質素に、寺が豊かに」 そんな構図も感じてしまいました。 親族からは 👉「戒名は下げるな」 いやいや、自分的には 👉「名前より現金の方が重いんだけど…」 住職にも「信士より下は?」と聞くも、困った様子。 最終的には「居士」で決定。 でもあとから思うと、 父はまじめで実直な人だったので、信士がちょうどよかった気もします。 ……と言いつつ 👉「いや、やっぱり居士にしておいてよかったかも(笑)」 天国でちょっとだけ威張ってるかもしれません。 そしてふと思う。 AIに戒名を聞くと、数秒でいくつも出てくる時代。 もしかして…? 自分のときは、自分で決めようと思います。 👉「正道信士」 これで十分。 いや、むしろ 👉「正道で生きてる途中です」くらいがちょうどいい。正道修行でもじゅうぶん。 死んでから見栄を張る必要はないですね。 もう少し字数を増やせば、 自然正道修行これでじゅうぶん、あの世で仏様もうなずいて微笑が見える感じです。 戒名 AI先生説明 戒名とは、亡くなったあとにいただく名前で、 お墓や位牌に記されるものです。 いわば、 👉「あの世での名前」 のようなものです。 もう少し分かりやすく言うと、 仏教においては「仏の弟子としての名前」とされ、 お葬式や法要などで使われます。 もともと戒名は、出家したお坊さんだけが授かるものでした。 しかし時代とともに、一般の人にもつけられるようになり、 今では葬儀の中で当たり前のように出...