侘び茶 黒楽茶碗
利休は「侘び」とは言わなかった ——千宗屋『茶 利休と今をつなぐ』を読んで 茶 利休と今をつなぐを読んで、はっとさせられた一節がある。 利休は「侘び」とは言わなかった、という話だ。 実のところ、「侘び」という言葉が、利休によって大成された茶の湯の美意識を表す言葉として広く使われるようになったのは、後世の『南方録』以降だという。 利休の時代に登場する「侘び」は、「侘び数寄」――つまり、高価な唐物道具を買うことができない、手元不如意な茶人たちを指す言葉だったとされている。 この話を読んで、妙になっとくできた。 自分は、ブランドが嫌いなわけではない。 たとえばフランスのルイ・ヴィトン。ルイ家が所有するバッグに大金を払って、大事に大事に使う生き方も、理解はできる。 でも自分には、もっと丈夫で、気を遣わずに使えるトートバッグの方が合っていると気づいたのは、もう30年以上前のことだ。 さらに始末の悪い話をすれば、土のう袋をバッグ代わりに使い、ホームセンターで500円のヤッケを着る生活が、今でも好きだ。 その格好でベトナムを旅したとき、現地の人に驚かれたことを、今でもよく覚えている。 ヨットでは、セールバッグ代わりに土のう袋を使っている。 それを見た友人の奥さんが、「家に使っていないボッシュのバッグがあるよ」と親切に声をかけてくれたこともあった。 でも自分は、土のう袋の白さと丈夫さ、そして使い捨てできる気楽さが好きだ。 ボロくなったら、そのままゴミ袋になる。 高級な世界から見れば、「近寄るなよ」という存在かもしれない。 けれど、フランスでは少し違った。 パリのオペラ座脇のレストランに入ったとき、正直、少し気後れした。 それでも案内されたのは、奥の静かな席だった。 今思い返すと、その奥には集会所のような部屋があり、パリの住人たちが、普段着のようなカッパを着て、自然に出入りしていた。 もしかすると、あれはシナゴーグだったのかもしれない。 そのパリ滞在は、振り返れば、人生でいちばん「リッチ」な時間だった。 メニューを見ずに、食べたいものを頼み、シャンパーニュ地方のワインを飲んだ。 お金の多寡ではない豊かさ、というものを、あのとき確かに味わった気がする。 今でも、使い捨...