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宗二記 石

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石 — 『山上宗二記』を読んで 何年前だったか、もう忘れてしまいました。 茶の湯を学び始める10年ほど前だったでしょうか。 なぜか石に魅力を感じ、衝動買いしたことがあります。 特別な知識があったわけでもなく、ただ、その石の姿や形に心を惹かれたのでしょう。 しばらくは飾って眺めていましたが、やがて興味も薄れ、いつしか断捨離の対象になっていました。 ところが今回、『山上宗二記』の「石」を読んで、少し考え方が変わりました。 昔の茶人たちは、一つの石の中に山や谷、自然の景色を見いだし、その姿を楽しんでいたようです。 そう考えると、かつて自分が石に惹かれたのも、理屈ではなく、何かを感じたからなのかもしれません。 値段でも、由緒でも、名物だからでもない。 ただ、自分の心が動いた。 それだけで十分だったのでしょう。 やはり、茶室はシンプルがいい。 余計なものを置かず、必要なものだけで一服のお茶をいただく。 石の美しさを知ることと、石を所有することは別の話です。 美しいと感じる心は大切にしたい。しかし、美しいものを何でも手元に置く必要はない。 これもまた、侘び茶の「足るを知る」ということなのかもしれません。 さて、この石はどうしましょうか。 捨てるつもりだった石が、『山上宗二記』を読んだおかげで、また少し気になる存在になりました。 茶の湯とは、なかなか面白いものですね。🍵 AI 解説 おはようございます。😊🍵 今日は『山上宗二記を読む』の**「石」**ですね。 写真の106〜109ページを拝見しました。 この章は、茶の湯における「石」の価値を考えるうえで、興味深い内容です。 特に注目したいのは、 石そのものの美しさと、名物としての価値は同じなのか という問題です。 一、「石」の現代語訳 写真の文章をもとに、内容を整理しながら現代語に訳します。逐語訳ではなく、読みやすさを優先した意訳です。 ① 昔の名石と茶の湯 昔から、茶の湯に用いられる石には、さまざまな名石があった。 石にはそれぞれ名前があり、その姿や形、由来によって珍重されてきた。 名高い石は、茶人たちの間で受け継がれ、大切に扱われてきた。 しかし、時代が変われば石の持ち主も変わり、その評価も変わっていく。 ② 石の形と美しさ 石にはさまざまな姿がある。 山のよ...

Vendee globe#19 セバスチャン シモン

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Vendée Globe #19 セバスチャン・シモン 2028年大会の優勝を狙うフランスのセーラー 今日は、3日後に迫った大西洋横断レース「Route du Rhum(ルート・デュ・ラム)」に参戦する、フランスのセーラー、セバスチャン・シモン(Sébastien Simon)を紹介します。 彼は子どものころ、OP(オプティミスト)からセーリングを始め、現在では世界最高峰の単独外洋レース「Vendée Globe(ヴァンデ・グローブ)」で優勝を狙える選手に成長しました。 2024〜2025年大会では、優勝したシャルリー・ダランから約1日遅れ、65日余りで世界一周を達成。見事3位でフィニッシュしました。 次の2028年大会では、優勝候補の一人として注目したい選手です。 昨日、彼のYouTube動画を見ました。 特に興味深かったのは、最新IMOCA艇のコックピットです。 舵(ラット)の正面にはパソコンのモニターが配置され、その脇にはウインチやコントロールロープが機能的にまとめられています。 航海に必要な情報を確認しながら、できるだけ移動せずにセールトリムや操船ができる設計になっているようです。 さらに面白かったのが、セーラーの座るシートです。 リクライニング式の椅子の下には、ショックアブソーバーのようなクッション機構があり、波による衝撃や艇の激しい動きを吸収する工夫がされているように見えました。 これなら長時間の航海でも、身体への負担を少しは軽減できそうです。 そして、もう一つ興味深いのが操舵システムです。 最新のIMOCA艇では、オートパイロットが進化し、風向や艇のヒール、航行コースなどの情報を利用して、非常に高度な操船ができるようになっています。 動画を見る限り、ハンドルとオートパイロットの操作系も、効率よくまとめられているように感じました。 かつての外洋レース艇とは、ずいぶん違う世界になりましたね。 昔は、風を感じ、波を読み、舵を握り続けることがセーラーの大切な仕事でした。 もちろん、今でもその感覚は欠かせません。 しかし、現代のIMOCA艇では、コンピューターやセンサー、オートパイロットをいかに使いこなすかも、勝敗を左右する重要な技術になっています。 それにしても、このコックピット。 実に楽しそうです。 こんな艇で大西...

道徳経 第六章

AI 道士 おはようございます。😊 今日は老子『道徳経』第六章です。 ### 老子『道徳経』第六章 ### 谷神不死(こくしんふし) 【原文】 谷神不死、是謂玄牝。 玄牝之門、是謂天地根。 綿綿若存、用之不勤。 ### 【書き下し文】 谷神(こくしん)は死せず、是(これ)を玄牝(げんぴん)と謂(い)う。 玄牝の門、是を天地の根と謂う。 綿綿(めんめん)として存するが若(ごと)く、これを用いて勤(つ)きず。 ### 【現代語訳】 谷間に宿る神秘的な生命の力は、決して滅びることがない。 それを「玄牝」、すなわち万物を生み出す神秘的な母なる力という。 その生命を生み出す入口こそ、天地のあらゆるものが生まれる根源である。 その力は、目には見えないほどかすかでありながら、絶えることなく存在し続けている。 そして、どれほど使っても、その力が尽きることはない。 第六章は、万物を生み出す根源的な力を、谷や母性にたとえて語っています。 次は、この「谷神」と「玄牝」が何を意味するのか、老子の思想から考えてみましょう。😊 AI 道士 解説 おはようございます。😊 老子『道徳経』第六章は、わずか三行ですが、非常に深い思想が込められています。 私はこの章を、\*\*「生命を生み出すものは、自分の存在を主張しない」\*\*という教えとして読むことができると思います。 ### 一、第六章の解説 ### ① 谷神不死、是謂玄牝 (谷神は死せず、これを玄牝という) 谷は山と山の間にある低い場所です。 山は高くそびえ、自分の存在を示しています。しかし谷は低いところにあり、雨水を受け入れ、川を流し、草木を育てます。 老子は、この谷のような、形を持たず、尽きることなく生命を育む働きを「谷神」と表現したと考えられます。 「玄牝」とは、神秘的な母性、生み出す力を意味します。 高いところに立つことだけが偉いのではない。低いところで、すべてを受け入れることにも大きな力がある。 これが一つ目の教えです。 ### ② 玄牝之門、是謂天地根 (玄牝の門、これを天地の根という) ここでいう「門」は、万物が生まれてくる入口です。 人間も動物も植物も、すべては何かから生まれてきます。 しかし、その大元は何でしょうか。 老子は、天地そのものを生み出す根源があると考えました。 それが「道(タオ)」です。 道は人間のような人...

Vendée Globe #18 Thomas Ruyant

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Vendée Globe #18 Thomas Ruyant 2028年ヴァンデ・グローブ優勝候補 ― トマ・ルイヤン フランス語の発音は正確ではありませんが、トマ・ルイヤン(Thomas Ruyant)。 このセーラーは、2022年のルート・デュ・ラム、IMOCAクラスの優勝者です。 レース前半は、のちに2位となるシャルリー・ダランが先頭を走っていましたが、後半からルイヤンがトップに立ち、そのまま優勝しました。 彼はClass40でも優勝し、ミニ・トランザットでも優勝している実力者です。 もちろん、フランスの外洋セーリングの育成拠点、ポール・ラ・フォレ(Port-la-Forêt)で腕を磨いてきたセーラーの一人です。 ところが、2024–2025年のヴァンデ・グローブでは、優勝したシャルリー・ダランが約65日で世界一周を達成したのに対し、ルイヤンは約75日でフィニッシュ。 大西洋横断レースと、単独無寄港の世界一周レースでは、求められるものが違うのでしょうね。 長いことヨットレースを見ていると、不思議に思うことがあります。 一度優勝する選手は、何度も優勝する。 意地なのか、負けん気なのか、それとも勝ち方を知っているのでしょうか。 速い選手ほど、どこかスマートにセーリングしているように見えます。 無理をしているようには見えないのに、なぜか速い。 私も昔から、後ろの方から速い選手の走りを見ながら、「いつかは自分も」と頑張ってきました。 ディンギーレースでは、日本一になった選手より良いスタートを切り、クローズホールドで最初のタックまでは前を走っていたことがあります。 ところが、上マークに着くころには、いつの間にか抜かれている。 同じ風、同じ海面、同じような艇で走っているのに、何かが違うのです。 大西洋横断レースでも、同じような経験をしました。 自分で艇を設計し、造船まで手がけ、ミニ・トランザットで2度優勝したセバスチャン。 その彼の前を、ほんの少しの間だけ走ったことがあります。 しかし、やはりレベルが違いました。 一瞬なら前を走れる。 けれど、長い距離を走れば、その実力の差がはっきりと現れる。 速い選手には、速い理由があるのでしょう。 それは技術なのか、経験なのか、判断力なのか。 あるいは、勝つことへの執念なのか。 今...

電気 IT〜AI

便利な社会の呪縛 またまた昔話から始まります。 20代、30代のころ、私には老後の人生設計がありました。 山と海のあるところに住み、電気を使わず、自給自足の生活をすることです。 当時の私は、自給自足の一つの基準は「電気を使わずに暮らせるかどうか」だと考えていました。 山で山菜を採り、小さなボートで海に出て魚を釣る。 自然の恵みをいただきながら、のんびり生きていく。 そんな老後を目指していました。 ところが、現実はずいぶん違うものですね。(笑) ITとの出会い 1995年ごろだったでしょうか。 私はパソコンを使い始めました。 まだYahoo!が一般に広まる前の時代です。 なぜパソコンを始めたのか。 世界最高峰のヨットレースといわれる「アメリカズカップ」の情報が見たかったからです。 当時はオーストラリアで開催されていたわけではありませんが、オーストラリアのセーリング情報など、海外の情報を手に入れることに夢中でした。 マニュアル本を片手に、必死になってパソコンと格闘していました。 今のように電源を入れれば何でもできる時代ではありません。 OSがまともに動くかどうかも怪しい。 インターネットにつなぐだけでも一苦労。 それでも、遠い外国の情報が自宅で見られることに感動した記憶があります。 その後、Windows 98の時代になり、パソコンは大きく進化しました。 Yahoo!からGoogleへ。 知りたいことは、ほとんどインターネットで調べられる時代になりました。 そしてiPhoneの登場。 初期のiPhoneは、今でも自宅だったか、セカンドハウスだったか、どこかに眠っているはずです。 そして現代はAIの時代です。 AIの進歩は、もはや開発者たちでさえ、そのすべてを思いどおりに制御できるのか、疑問に感じるほどの勢いです。 便利な時代になりました。 しかし、本当に便利になったのでしょうか。 便利な社会の呪縛 ここで少し仕事の話です。 ある大手ポンプメーカーに、7月に発注したポンプがあります。 ところが、3か月たっても出荷できない。 システムの異常が原因らしいのですが、詳しい事情はわかりません。 ランサムウェアなどのサイバー攻撃なのか、それとも別のトラブルなのか。 公表されていないことを勝手に決めつけるわけに...

一休さん 食欲 性欲

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 知足 ― 足るを知る 今日は一休さんからです。 一休さんについて、もう少し深く知りたいと思い、水上勉の『一休』を読み始めました。 ところが、昔の難しい漢字や言い回しが多く、なかなか読む気になれません。 そこで、頼りになるのがAI教授です。 難しい文章を現代語に訳してもらい、さらに解説までしてもらう。便利な時代になったものです。 「知足」とは、足るを知ること。 自分はまだまだ知識も足りませんが、足りないところはAI教授に補ってもらいながら、今日は一休さんの世界を覗いてみたいと思います。 これもまた、現代流の「知足」でしょうか。(笑) 😊 言いたいことはなんですか? AI 教授 水上勉がこの文章で言いたかったことは、私は次の一点だと思います。 「禅僧は悟りを求めるはずの人間なのに、いつの間にか権力や金銭、名誉を求めるようになってしまった」 そして、そこに一休宗純という人物を登場させるための時代背景を描いているのでしょう。 特に重要なのは、三つのことです。 1\. 禅の制度化 幕府が禅寺を管理し、僧侶の地位や昇進を決めるようになった。本来自由であるはずの禅が、権力の仕組みに組み込まれた。 2\. 禅僧の世俗化 僧侶が商人や権力者と結びつき、金銭、名誉、遊興を求めるようになった。修行よりも出世が大切になってしまった。 3\. 教えと実際の生活の矛盾 口では立派な禅を説きながら、自分たちは欲望に従って生きている。この矛盾を水上勉は描いているのだと思います。 ### では、一休はどうなのか? ここが面白いところです。 一休自身も酒を飲み、女性を愛し、世俗の世界に生きた人物です。 しかし、一休が批判したのは、単に酒や女性に関わることではなく、清らかな僧侶を装いながら、内心では権力や名誉に執着する偽善だったと考えられます。 つまり、 「戒律を守っているように見える人が、本当に禅を生きているとは限らない」 という問題です。 そして、以前お話しされていた「作法は人のためにある」という茶の湯の考えにも通じますね。 私は、この文章を読むうえで、もう一つ大切な問いがあると思います。 一休は禅の教えに反抗したのか。それとも、禅の本来の精神を守るために、当時の禅宗の権威に反抗したのか。 水上勉が描こうとしている一休は、後者に近いのではないでしょうか。 ここが、この先の『一休』を読む鍵...

宗二記 三日月壺

『山上宗二記を読む』の40〜41ページ、**「六 三日月の茶壺」**ですね。 今回は、原文の現代語訳、歴史的な背景、そして侘び茶の精神から見た解釈をお話しします。 この話には、興味深い問題があります。 「天下の名物と呼ばれた茶壺は、なぜそれほど価値があったのか。そして、その価値は誰が決めたのか」 先日お話しされた「色眼鏡を外して、心で見る」という考えにもつながる内容です。 一、『山上宗二 記』 三日月の茶壺 ① 原文の現代語訳 写真の40ページにある原文を、意味が通るように現代語に訳します。 三日月の茶壺 この茶壺は、七斤以上の茶が入る大きな壺である。 天下に二つとない名物であり、大きな傷が七つあった。 壺の前面には、腰袋を付けたような形が見られ、横に長い傷があり、前方へ少し傾いていた。 この珍しい形から「三日月」という名前が付けられた。 この茶壺は、もともと良興福寺の塔頭である西福院が所有していた。 その後、日向屋道徳の手に渡り、さらに三好実休が所有した。 ところが、戦乱によって河内国の高屋城が攻め落とされた。 その後、この茶壺は堺の町人である太子屋に渡った。 太子屋は、この茶壺を三千貫という大金で、織田信長に献上した。 信長は、この茶壺を非常に大切にした。 しかし、本能寺の変によって信長が亡くなったとき、この名物茶壺も火中に入り、焼失してしまった。 二、歴史的な 解説 ① 三日月の茶壺とは 三日月の茶壺は、戦国時代に名物として知られた茶壺です。 茶壺は抹茶を点てるための茶碗とは違い、茶葉を保存するための道具です。 当時、優れた茶壺は単なる保存容器ではありませんでした。 大名や豪商にとって、名物茶器を所有することは、財力や権威、文化的な教養を示すことにもなりました。 しかし、ここで面白いのは、三日月の茶壺が完全無欠の美しい壺ではなかったことです。 大きな傷が七つもあったのです。 それでも天下の名物とされました。 つまり、傷があることと、価値がないことは同じではなかったのです。 ② 三千貫という価値 原文には「三千貫」とあります。 貫は当時の貨幣単位で、一貫は銭千文に相当します。 三千貫は、当時として非常に大きな金額です。 ただし、本文は信長への「献上」と記しているので、現代の売買価格と同じ意味...

宗二記 茶壺 近く 遠く

AI 教授より おはようございます。😊🍵 今日は『山上宗二記を読む』43ページですね。 この文章は、 茶の湯の道具には、茶壺に近い道具と、茶壺から遠い道具がある という、非常に興味深い考え方を述べています。 そして、その背景には、茶道具の価値を何によって決めるのかという問題があります。 写真の「 」で囲まれた部分を、現代語訳・解説・私なりの解釈に分けて説明します。 一、現代語訳 ① 茶壺に近い道具と遠い道具 原文の趣旨 茶湯の名物には、茶壺から遠いものと近いものがある。 小壺・茶入・天目茶碗などは茶壺に近い第一の道具であり、水指・水滴などは第二の道具である。 また、茶杓・柄杓・釜・炭取なども、それぞれ茶壺との近さによって区別される。 現代語訳 茶の湯に使う道具には、茶壺と深い関係にあるものと、あまり関係のないものがある。 茶入や天目茶碗などは、茶壺に近い第一級の道具である。 水指や水滴などは第二の道具とされ、その他の道具も茶壺との関係によって分類される。 ここでいう「近い」「遠い」は、単純な距離ではありません。 茶の湯の中心である茶壺との関係や、当時の道具の格付けを示していると考えられます。 ② 茶壺が第一の道具 原文 「このように当時の人々は、茶器の第一を茶入と天目にあるとし、水指・建水・茶杓・柄杓立・蓋置とつづく。それに対し、茶壺・画・花入・香炉・香合を遠い道具だといっている。」 現代語訳 当時の茶人たちは、茶入と天目茶碗を重要な茶道具と考え、水指、建水、茶杓などをそれに続くものとしていた。 一方、茶壺や掛け物、花入、香炉、香合などは、茶を点てる行為から離れた道具と考えられていた。 ここで大切なのは、 茶壺が最も重要だと述べているのではなく、茶壺も「遠い道具」に分類されている という点です。 ③ 茶壺の価値とは何か 原文 「その中で、茶壺は茶に近い道具の第一とする場合もあるとする。そしてみると、茶に近い道具は、茶を点てる時に直に利用する茶器をいい、遠い道具は鑑賞することのような意味を出したのであろう。」 現代語訳 しかし、茶壺を茶に近い重要な道具として扱う考え方もあった。 こうして考えると、茶に近い道具とは、実際に茶を点てるときに使う道具を指し、遠い道具とは、主として鑑賞するための道具を意味してい...

AI通信 お先に

毎週月曜日にチャッピー先生から茶の湯通信が届きます。昨日は「お先に」です。 電気の力ですね。 9s考えました AI通信――「お先に」に込められた心 茶席でお茶をいただくとき、「お先に」と挨拶します。この短い言葉は、誰に向けられているのでしょうか。 裏千家の公式な「薄茶のいただき方」では、正客は茶碗を次客との間に置き、「お先に」と挨拶します。その後、茶碗を自分の膝の前に置き、亭主へ「お点前ちょうだいします」と礼をします。 次にいただく人への心遣いと、お茶を点ててくれた人への感謝。それぞれに向き合う時間が、作法の中に設けられているのですね。 ただし、隣に客がいない場合や、椅子とテーブルを使う立礼席での対応まで、この公式説明に示されているわけではありません。その場の進め方は、亭主の案内を確かめるのがよいでしょう。 ここからは、仮庵の茶の湯に引き寄せた考えです。 二人の客がいれば、次の人に「お先に」と声をかける。一人なら、亭主に感謝して一服する。形を知り、その場にいる人を見ながら、挨拶の心を届ける。そんな茶の時間をつくれたらと思います。 作法を伝えるときにも、同じ心遣いが必要なのでしょう。穏やかな一言なら、初めての人も安心してお茶を楽しめます。教える側も、教わる側も、一座のひとときをともにつくる人です。 「作法を守るために人がいるのか。人を大切にするために作法があるのか」 ミサさんのこの問いは、自分の茶の湯を考える手がかりになります。 「お先に」という短い挨拶から、目の前の人を大切にする心を、あらためて味わってみたいものです。 参考:裏千家「薄茶のいただき方」 https://www.urasenke.or.jp/textb/shiru/beginer/nomu.html ※公式の作法を参考に、AIが仮庵での楽しみ方を考察した文章です。 😊礼儀だね! そうですね! 「お先に」は、同席する人への礼儀ですね。 「先にいただきますね」と相手を気遣い、亭主には「ありがとうございます」と感謝する。 作法は、その礼儀を動作で表したもの。 相手を思う心が、言葉や形になる のですね😊

茶禅一味

AI 教授 訳 解説 解釈 おはようございます😊🍵 今回は『山上宗二記を読む』の第五章、\*\*「茶禅一味(ちゃぜんいちみ)」\*\*ですね。 ここは、これまで学んできた村田珠光、武野紹鴎、千利休の茶の湯を考えるうえで、とても重要なところです。 特に興味深いのは、茶の湯の作法や道具を学ぶことと、禅の精神を学ぶことは、同じなのかという問題です。 写真の文章を順に現代語訳し、その後に解説と私なりの解釈を加えます。 ### 一、現代語訳 ### ① 紹鴎から宗易(利休)への伝承 > 紹鴎遠行卅四年以来ハ宗易先達也、右之尊師ニ廿余年間置候密伝、書改之、今案等是也、 現代語訳 武野紹鴎が亡くなってから三十四年がたち、その間、宗易(千利休)が茶の湯の先達となった。 私はこの尊敬する師のもとで二十余年にわたり学び、秘伝を受け継いできた。 その教えを書き改め、現在の考えも加えてまとめたものが、この書である。 解説 山上宗二は、利休から長年学んだ人物です。 ここで重要なのは「書改之」という言葉です。 教えをそのまま書き写すのではなく、書き改めて伝えようとしている。 ただし、これは宗二が作法を自由に変更したという意味ではありません。師から受け継いだ教えを、自分の理解によって整理し、後世へ伝えようとしたと読むのが自然でしょう。 ### ② 茶の湯の名人とは何か > 名物者一種さへ目聞ノ習大事、可有深重之ト云々 現代語訳 名物の茶道具については、たとえ一種類であっても、その価値や良し悪しを見極める目を養うことが大切である。 その修業には、深い心構えが必要なのである。 解説 ここでいう「目聞(めきき)」は、道具の価値を見極める鑑識眼のことです。 しかし、単に高価な茶碗を知っているという話ではありません。 なぜ、その道具がよいのか。 その道具の何が優れているのか。 そうしたことを理解する力が求められています。 ### ③ 茶の湯と禅の関係 > 数寄者之覚悟ハ禅宗ヲ可用ニ全也、紹鴎末後ニ曰 現代語訳 数寄者、すなわち茶の湯を深く志す者の心構えには、禅宗の教えを全面的に取り入れるべきである。 紹鴎は晩年に、このように語った。 続いて、 > 知レ量茶味与禅味同スルコトヲ 現代語訳 茶の味わいと禅の味わいが同じであることを、よく知りなさい。 さらに、 > 為ニ松風ヲ吸...

清風萬里秋

昨日は三逕亭の「喫茶去」へ。 茶道について偉そうに語れるほどの自分ではありませんが、昨日のお茶は、京都でいただいたお茶を思い出させるような一服でした。 お点前も茶碗も素晴らしく、言ってみれば本格的な茶の湯です。 ただ、一つだけ気になったことがありました。 お点前の途中から、少々おしゃべり好きなおばさまが加わりました。 私がお茶をいただく際、隣のお客さんに「お先にいただきます」と一礼すると、 「茶碗はここに置くものよ!」 と、一言。 どうやら、茶碗を隣の客との間に置いて挨拶する作法を教えてくださったようです。 しかし、その一言で、せっかくの気分が少々冷めてしまいました。 **心を落ち着け、力を抜き、ただ一服のお茶をいただく。そんな無心の心が台無しです。** ここは茶道教室でしたっけ? 流儀の作法があることは承知しています。しかし、一般に開かれた茶席では、それぞれの流儀を尊重しながら、一服のお茶を楽しんでもよいのではないでしょうか。 思わず気分を悪くして、実際に「これは私流です」と口にしてしまいました。 禅語に「喫茶去」があります。 「まあ、座って一服どうぞ」 流儀を学ぶことも大切ですが、作法にとらわれすぎて、お茶を楽しむ心を忘れてしまっては、少しもったいない気がします。 とはいえ、お茶は実においしく、茶碗も素晴らしいものでした。 昨日の掛け軸は、 **「清風萬里秋」** 清らかな風が万里の彼方まで吹き渡る秋。 せっかくの茶席ですから、心にも清風を吹かせたいものです。 もっとも、一言に腹を立ててしまった私自身も、まだまだ無心には程遠いようです。 そんなことを考えた、昨日の一服でした。🍵 AI師匠との問答です。 ながいのでお避けくだらない。 清風万里秋 の解釈をお願いします。 昨日、三逕亭(さんけいてい)でご覧になった掛け軸ですね。 「清風万里秋(せいふう ばんりの あき)」 秋の茶席にふさわしい、実に清々しい禅語です。 この言葉には、単なる秋の風景だけではなく、**禅の「執着から離れた自由な心」**にも通じる意味があります。 一、清風万里秋の意味 清風万里秋 (せいふう ばんりの あき) 一文字ずつ見てみましょう。 清風(せいふう) :澄みきった爽やかな風。 万里(ばんり) :はるか遠くまで続く広大な世界。 秋(あき) :空気が澄み、空が高く感...

Route du Rhum(ルート・デュ・ラム)

# Route du Rhum(ルート・デュ・ラム) ## 大西洋を一人で渡る冒険 ― 歴史から2026年大会まで 今日は、Route du Rhum(ルート・デュ・ラム)の歴史から、レースの仕組み、名勝負、そして2026年大会までを解説します。 1999年のミニ・トランザットでグアドループまで航海した経験があると、このレースには特別な思いがあります。 ## 1. Route du Rhumとは? フランス語のRoute du Rhumは、直訳すると「ラム酒の航路」。 フランス北西部ブルターニュのサン・マロから、カリブ海のグアドループ島まで、たった一人で大西洋を横断する外洋ヨットレースです。 創設:1978年 開催:原則4年に1度 航路:サン・マロ → グアドループ島ポワンタピートル 距離:約3,542海里(公称) 方式:シングルハンド、途中寄港なし、外部からの物理的援助なしを原則とするレース。 ミニ・トランザットと大きく違うのは、カナリア諸島などへの中継寄港がなく、最初から最後まで一気に大西洋を渡ることです。 ## 2. 1978年 ― 伝説は98秒差から始まった 第1回大会の優勝者は、カナダ人セーラーのマイク・バーチ(Mike Birch)。 小さなトリマラン「Olympus Photo」で出場し、フランス人ミシェル・マランの大型モノハル「Kriter V」を、わずか98秒差で破りました。 約23日間も航海して、差はたった1分38秒。 この勝利は、外洋レースにおけるマルチハル艇の可能性を世界に示した象徴的な出来事でした。 そして、ルート・デュ・ラムは、単なる大西洋横断競走から、ヨットの設計思想そのものを変える舞台へと成長していきます。 ## 3. 歴史をつくったセーラーたち ### 1990年 ― フロランス・アルトー(Florence Arthaud) トリマラン「Groupe Pierre 1er」で総合優勝。 女性として初めてこのレースを制し、フランスの国民的セーラーになりました。 ### 1994年・1998年 ― ローラン・ブルニョン(Laurent Bourgnon) 「Primagaz」で2大会連続総合優勝。 1990年代の高速トリマラン時代を象徴する選手です。 ### 2002年 ― ミシェル・デジョワイヨー(Michel Desjoyeaux)...

鈴木晶友選手 vendde glove #17

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ルート・デュ・ラム2026 ― 鈴木晶友の挑戦とフランスのヨット文化 『山上宗二記』が面白くて、茶の湯の話をもう少し続けたいところですが、ヨットの世界では大きなニュースです。 11月1日、フランスのサン・マロから、単独大西洋横断ヨットレース「Route du Rhum(ルート・デュ・ラム)」がスタートします。 日本からは鈴木晶友選手が、IMOCA60「MILAI-FURUNO」で出場します。 残念ながら、最新のフォイラーを相手に優勝を争うというより、今回は実績を積み、2028年のヴァンデ・グローブ出場資格を獲得するための重要なレースではないかと思います。 ヴァンデ・グローブは、単独・無寄港・無援助で世界を一周するレースです。 日本人では白石康次郎さんがすでに出場、完走していますので、晶友君が完走すれば日本人2人目ということになります。 さて、今回のルート・デュ・ラムの見どころは、何といってもULTIMクラスでしょう。 巨大なトリマランを、たった一人で操って大西洋を横断するのです。 新艇のGitana 18、SVR-Lazartigue、Banque Populaire、Sodebo。 あの巨大な船を一人で走らせるのですから、考えただけでも興奮します。 IMOCAクラスでは、個人的にセバスチャン・シモン、MACIF、Malizia、そしてイタリア人女性セーラーのフランチェスカ・クラプチッチなどが気になります。 最新のフォイル艇が、どんな走りを見せてくれるのでしょうか。 それにしても、フランスと日本ではヨット文化が違いますね。 もう40年ほど前から感じていることですが、約30年前、自分が単独大西洋横断レースに参加したとき、先輩の松さんから、 「日本は50年遅れているよ」 と言われたことを覚えています。 あれから30年近くたちました。 しかし、フランスの外洋レース文化を見ていると、日本は永遠に追いつけないのではないか、と思ってしまいます。 もちろん、日本にも素晴らしいセーラーがいます。 DMG MORIは巨額の資金を投じて白石康次郎選手の挑戦を支えてきましたし、晶友君も多くの企業や個人の支援を集めながら、世界の舞台に挑んでいます。 ただ、フランスには選手だけでなく、造船所、設計者、スポンサー、港町、そしてレースを楽しむ人々がいます。 ヨットレースが、一つの文化として根づい...