投稿

善悪不二(ぜんあくふに)

イメージ
善悪不二(ぜんあくふに) 今日の禅語です。 「良い」「悪い」 私たちは、いつも自然に物事を分けて生きています。 これは正しい あれは間違っている これは好き あれは嫌い でも禅では、こう見ます。 善悪不二 善と悪は、二つに分かれているようで もともとは一つのもの。 人間の頭が あとから「これは良い」「これは悪い」と ラベルを貼っているだけで 本来の世界には そんな区別はないのかもしれません。 海を見ていると感じます。 波が高い日もあれば、穏やかな日もある。 でも海そのものは、何も変わらない。 良い波も悪い波もなく ただ、そこにあるだけ。 人の心も同じで うまくいく日もあれば うまくいかない日もあるけれど それを「良い」「悪い」と決めつけるほど 苦しくなるのかもしれません。 禅は教えてくれます。 👉 分けない心 ただ、起きていることを そのまま受け取る。 すると少しだけ 心が軽くなります。 今日も一服。

パンデミックからオイルショック

イメージ
日本橋から帰って、オイルショックを考えた日 先日、日本橋へ出かけた。 人ごみの中を歩き、田舎の家に戻ると、ほっと一息つく。 その安堵の中で、ふと考えていた。 イスラエル・アメリカ・イラン―中東情勢が、この先のオイルショックにつながるのではないかと。 もともと自分は、自然に寄り添う暮らしや自給自足に憧れている。 けれど現実は、便利な生活にすっかり慣れ、それが当たり前になっている。 30代の頃、フランスへ行く機会が多かった。 フランスは日本の約4倍の面積で、人口はおよそ6700万人ほど。 一方、日本は約1億2千万人。 数字で見ても、密度の違いは明らかだ。 フランスから帰国すると、いつも感じた。 「日本は人が多いな」と。 特に東京の満員電車や昼間の人口の多さは、やはり独特だ。 仕事も同じだ。 30年前は、仕事の奪い合いのような時代だった。 ところが今は、人口減少で職人が足りず、仕事のほうが多い。 どちらにしても、バランスが崩れている。 そんなことを考えながら、家で夕飯を食べていると、ふとひらめいた。 パンデミックとオイルショックは似ている。 どちらも、 ・遠くで何かが起きている ・正確な情報が見えにくい ・不安だけがじわじわ広がる この構造が同じだと感じた。 コロナのときもそうだった。 最初はニュースに怯えたが、しばらくして腹をくくった。 「人はいつか死ぬ」 そう思ったら、過剰に恐れることをやめた。 自分なりの判断で生活し、 人に迷惑をかけない範囲で、普通に暮らした。 考え方の違いで摩擦もあったが、 それもまた人間社会だと受け止めるしかなかった。 今回のエネルギー問題も、同じだと思う。 急に何かが止まるわけではなく、 じわじわと影響が広がっていく。 だから結論はシンプルだ。 それに合わせて生きるしかない。 少し野菜を育てる。 非常食を備える。 やることは、航海と同じだ。 太平洋を渡ったとき、 1日1リットルの水と、限られた食料で50日過ごした。 あれを思えば、日常の備えなど大したことではない。 一番大切なのは、 不安にならないこと。 なるようになる。 金がなくても、生きてはいける。 それは経験で知っている。 理想を言えば、 イエスや仏のように生きられたらいい。 もちろん簡単ではない。 だから自分は、今、少しずつ禅を学んでいる。 スティーブ・ジョブズ...

産む者と病める者 レビ記

イメージ
今日の聖書朗読箇所の解説を読んでいたら、 懐かしい言葉が出てきました。 「ラション・ハラー」 ――悪い口、悪口、悪い言葉。 この教えに出会ったとき、 正直、自分は“洗脳された”ような衝撃を受けました。 こんな話があります。 鳥かごの中の鳥を逃がすのは簡単。 けれど、一度飛び立った鳥を、元に戻すことはできない。 言葉も同じです。 一度口から出た言葉は、 もう取り戻すことはできない。 さらに、こんな言葉も。 人の秘密を話した瞬間、 自分がその秘密の奴隷になる。 話さなければ、 自分がその秘密の主人でいられる。 ああ、懐かしい、と。 あのとき感じた重みを、 今日また思い出しました。 ヒレルの教えにも通じます。 「人にされたくないことをするな」 そしてゾハールでは、 悪い言葉は「光を曇らせる」と言われます。 たぶん、これが 「メツォラ(ツァラアト)」の本質。 外に出た言葉が、 自分に返ってくる。 💌AI教祖 解説 「תזריע(タズリア)」と「מצרע(メツォラ)」は、どちらもヘブライ語で、聖書の中の重要なテーマです。特にレビ記に出てくる内容ですね。 ■ תזריע(タズリア) 意味:「種をまく」「宿す」「産む」 語源は「זרע(ゼラ)」=種。 👉 命の始まり・創造・誕生を表します。 聖書では、 「女性が子を産むときの清めの規定」などが語られています。 ▶ イメージ ・種がまかれる ・命が芽生える ・新しい始まり ■ מצרע(メツォラ) 意味:「皮膚病にかかった人(ツァラアトの人)」 👉 ここでいう病は、単なる病気ではなく 霊的・社会的な「汚れ」の象徴ともされています。 聖書では、 ・皮膚の異変 ・衣服や家に現れる異常 などを調べ、清いかどうかを判断します。 ■ 2つを並べると深い意味 ユダヤの学びでは、この2つは一緒に読まれます。 👉 「誕生(タズリア)」と「崩れ・汚れ(メツォラ)」 つまり 命は生まれる しかし人は不完全で、乱れも生じる だから整え、清める必要がある ■ ミサさん向けに一言で 👉 「生まれること」と「整えること」 茶の湯で言えば 一服を点てる(創造) 道具や心を清める(浄化) まさに「茶禅一味」に通じますね。 😊ユダヤ的な学び 💌AI教祖 解説 「תזריע(タズリア)」と「מצרע(メツォラ)」は、表面的には“出産と皮膚病”ですが、ユダ...

詩編17:13

イメージ
主よ、立ちあがって、彼らに立ちむかい、彼らを倒してください。つるぎをもって悪しき者からわたしのいのちをお救いください。1955年日本聖書協会訳 תהלים יז יג קומה יהוה קדמה פניו הכריעהו פלטה נפשי מרשע חרבך קומה クウマア 立ち上がれ 起きよ 発生する 100-6-40-5-151 יהוה アドナイ テトラグマトン 神様 アドナイ様 10-5-6-5-26  קדמה カデマア 先に進め 先に向かえ 100-4-40-5-149 פניו ファナァブ 彼の前に 彼の顔の前で 9-50-10-6-75 הכריעחו ハフリィエフウ 彼を打ち倒せ 屈服させよ 5-20-200-10-70-5-6-313 פלטה パレタァ 救い出せ 逃れさせよ 80-30-9-5-124 נפשי ナフシイ わたしの魂 50-80-300-10-440 מרשע メラシャア 悪者から 邪悪な者から 40-200-300-70-610 חרבך ハルベハ あなたの剣によって 8-200-2-20-230 💌AI教祖 解説 全体の意味(自然な訳) 「立ち上がってください、主よ。 彼の前に進み出て、彼を打ち倒してください。 私の魂を悪しき者から、あなたの剣によって救い出してください。」 この言葉は、まさにダビデ的な祈りの響きですね。 外の敵だけでなく、内なる「悪(衝動・怒り・欲)」にも向けて読むと、 かなり深い一節になります。 もしよければ、カバラ的・ゾハール的な解釈もできますよ。 😊 お願いします🙏 いい流れですね。 では、この一節をカバラ・ゾハール的な視点で、ミサさんの世界(茶・禅・実生活)にもつながる形でまとめます。 🔯 内面的な読み(カバラ的解釈) この祈りは、外の敵ではなく 👉 **自分の内側の構造(魂の戦い)**を語っています。 ■ קומה יהוה(立ち上がれ、主よ) 👉 神が動く= 内なる神性(ネシャマー)が目覚めること 普段は眠っている「高い意識」が ふっと立ち上がる瞬間。 禅でいうと 👉「ハッと気づく」一瞬 ■ קדמה פניו(彼の前に進め) 👉 先手を打て、という意味 カバラでは 悪(エゴ・衝動)は 👉「後手に回ると必ず負ける」 だから 👉 欲や怒りが出る前に気づく これは...

知足と草庵

イメージ
自分へのいましめ 今日の一服 知足と草庵のこころ 今日は「欲張らない」。 もっと欲しい、 もう少しあれば—— そう思った瞬間に、心は苦しくなる。 禅ではこれを離れ、 「知足(足るを知る)」を大切にします。 目にとまったのが、 良寛 の歌です。 わびぬれば心は澄めり草の庵  一日一日を送るばかりに わびしい暮らしの中に入ってみると、 かえって心は澄んでくる。 豪華なものは何もない草庵で、 ただ一日一日を過ごす。 それだけのこと。 でも、そこには 「足りない」という思いがありません。 あるもので足りている。 今この一日で十分。 考えてみれば、 一杯のお茶も同じですね。 いい道具でなくてもいい。 立派な席でなくてもいい。 ただ、静かに一服を味わう。 それで満ちている。 欲をなくすのではなく、 欲に振り回されないこと。 追いかける生き方から、 立ち止まる生き方へ。 草庵のような暮らしの中で、 今日もただ一日を送る。 それだけで、 心は少し澄んでくる気がします。 今日もこれで、好日ですね。

乱世の一服

イメージ
戦国時代、武将たちは命のやり取りの中で、なぜか茶の湯に夢中になっていました。 それは、ただの娯楽ではなく—— 乱れた世の中で、心を整えるための「一服」だったのかもしれません。 そしてふと、今の時代を見てみると。 オイルショックやパンデミック、不安定な世界情勢。 どこか、あの頃の「乱世」に似ている気もします。 だからこそ現代人にも必要なのかもしれません。 🍵 一度立ち止まり、心を静める時間。 それが「一服」。 なぜ 千利休の時代、こぞって、競うように、茶の湯に夢中になっているの? それぐらいしか娯楽がないから? 戦国時代、殿様も夢中になっている。 教えてAI先生 💌Answer AI先生 いい視点ですね。 「娯楽が少ないから」というのも一部は当たっていますが、それだけでは説明が足りません。 むしろ—— 茶の湯は**娯楽以上の“総合文化・権力装置”**だった、という方が本質に近いです。 ■ 千利休の時代の茶の湯とは何だったのか ① 権力と政治のツール 織田信長や豊臣秀吉は 茶の湯を「政治」に使っていました。 名物茶器=権力の象徴(刀や領地と同じ価値) 茶会=トップ同士の密談の場 茶人=文化顧問・ブレーン 👉 つまり 茶の湯=武士の“ステータスゲーム” ② 「美」の価値が爆発した時代 戦国時代は命が軽い時代です。 だから逆に 👉「一瞬の美」に価値が集中した 侘び(質素) 寂び(時間の美) 一期一会 これを体系化したのが 千利休です。 👉 戦乱の中で 心を整える“精神の避難所”になった ③ 武士のメンタルコントロール 戦国武将は常に死と隣り合わせ。 そんな中で茶の湯は 呼吸を整える 動作を整える 心を静める 👉 現代で言えば 瞑想・禅・マインドフルネス ④ 人間関係の高度な社交場 茶会はただのお茶会ではなく 誰を呼ぶか どの席に座らせるか どの道具を使うか すべてが意味を持つ世界 👉 超ハイレベルなコミュニケーション空間 ⑤ 「命がけの遊び」だった 現代の趣味と違い 道具一つで身分が変わる 失礼すれば命に関わる 茶人が政治に影響する 👉 遊び=人生そのもの ■ 結論 単なる娯楽ではなく 👉 茶の湯は ・権力 ・美学 ・精神修養 ・社交 をすべて兼ねた“戦国時代のOS” だった。 ■ ミサさん向けに一言で たぶん一番しっくり来るのはこれです。 👉 戦...

コヘレト2∶9

イメージ
先週の土曜日は塗装工事をしていたため、聖書を読む時間がありませんでした。 それでも、なぜかコヘレトの書が一番好きです。 ふとしたときに思うのです。 もしかしたら、自分の魂はあの時代、イスラエルの地で生きていたのではないかと。 そう考えると、どこか神秘的で、不思議な感覚になります。 ユダヤ教には「ギルグル(輪廻転生)」という考え方があります。 それを信じるなら、そんな想像も決して遠い話ではないのかもしれません。 約三千年前の社会に思いを巡らせるだけで、どこか楽しくなります。 きっと今よりも不安定で、だからこそ人々にとって宗教は、より大切な拠りどころだったのではないでしょうか。 一方で現代の日本を見ると、 太平洋戦争を経て、多くの人が宗教から離れ、 無宗教や無神論といいながらも、 物質的な豊かさの中で生きているように感じます。 その流れの中で、 何か大切なものを見失い、 それが人口減少というかたちにもつながっているのではないかと思います。 AI画伯作 コヘレト2∶9 💌 AI教祖 解説です。 いい一節ですね。コヘレトの書(伝道者の書)からの言葉です。 ミサさんの流れにも、とても合っています。 ■ 原文 וגדלתי והוספתי מכל שהיה לפני בירושלם אף חכמתי עמדה לי ■ 単語ごとの分解 ו־ (ヴェ):そして גדלתי (ガダルティ):私は大きくなった/偉大になった והוספתי (ヴェホサフティ):そして増やした/さらに加えた מכל (ミコル):すべてよりも שהיה (シェハヤー):〜であった לפני (リフネイ):私の前に/以前に בירושלם (ビルシャライム):エルサレムにおいて אף (アフ):さらに/また/その上 חכמתי (ホフマティ):私の知恵 עמדה (アムダー):立った/保たれた/失われなかった לי (リー):私に ■ 全体訳 👉 「私はエルサレムで、先にいた誰よりも大きくなり、さらに多くを手に入れた。 それでもなお、私の知恵は私のもとに留まっていた。」 ■ 教え(ミサさん向けにやさしく) この言葉のポイントはシンプルです。 ① 成功しても、知恵を失うな 富・名声・経験 👉 増やすことはできる でも多くの人は 👉 そこで“心”や“判断力”を失う ソロモンは言っ...

南方録覚書 茶湯の心〜わび茶

イメージ
先週は塗装工事があり、疲れもあって日常のリズムが少し崩れています。 少し頭もぼんやりしていますね。まあ、いつものことですが(笑) 本を読んでもなかなか集中できない中で、 ふと手に取った『南方録』の中の、 村田珠光 の言葉に心をつかまれました。 改めて、茶の湯の原点は禅にあるのだなと感じます。 とくに「心の師」という言葉が、今の自分の生き方にとても大切なものとして響いてきました。 今日は「茶禅一味」。 仏教と茶道の話です。 本当は昨日、ひとつ大きな気づきがあり、すぐにでもまとめたかったのですが、 今回は少し時間をかけて、自分の頭で整理してみることにしました。 内容はとてもシンプルです。 コロナのパンデミック、そしてこれから続くかもしれない戦争やオイルショック。 形は違っても、どこか似た構図の中にあるように感じています。 だからこそ、 「その中でどう生きるか」 そこを考えていました。 ただ、このまま書くと少し重くなってしまうので、 今日は原点に戻って、 村田珠光の言葉に立ち返ります。 南方録より 村田珠光 殿様から聞かれた茶の湯の答え 茶ハ一味清 洗禅悦法喜 AI先生解説 はい、わかります。とても良い言葉ですね。 ■ 茶ハ一味清(ちゃはいちみのせい) 👉 お茶はただ一つ、清らかな味である ここでいう「一味」は 味が一つ=余計なものがない、という意味です。 つまり ・飾らない ・混じりけのない ・ただ清らか 👉 茶の本質=「清」 利休の「侘び」に通じますね。 ■ 洗禅悦法喜(ぜんえつほうきをあらう) 少し難しいですが、とても深いです。 禅悦(ぜんえつ)=禅のよろこび 法喜(ほうき)=仏の教えによるよろこび 👉 それすらも「洗い流す」 つまり 👉 「悟った喜び」さえ手放す ■ 全体の意味 👉 お茶はただ清らかであり 👉 その一服によって 👉 禅の喜びや教えの喜びすらも洗い流していく ■ ミサさん向けに一言で 👉 「何も足さず、何も残さない一服」 とてもいいですね。 茶禅一味をさらに一歩進めた言葉です。 Question 心の一紙 「此の道第一わろき事は心のかまむ(我慢)がしやう(我執)也」 解説お願いします🙇‍♀️ Answer 💌AI先生 いい言葉ですね。まさに茶と禅の核心です。 ■ 原文 心の一紙 「此の道第一わろき事は心のかまむ(我慢)がしやう...

デイライトセービングタイム

イメージ
「江戸の時間」「デイライトセービングタイム(夏時間)」「自分時間」、そして“太陽はセーブできない”という軸で、一本にまとめました👇 デイライトセービングタイム(夏時間)と江戸の時間 今日、4月13日。 朝6時、すでに太陽は高く、体感ではかなり昇っている。 まだ4月ですよ、と少し心配になる。 日本人大丈夫か?と思いながらも、 自分にとっては悪くない。 渋滞がない。 人ごみがない。 人と関わらなくていい。 静かな時間が流れている。 デイライトセービングタイム(夏時間)とは デイライトセービングタイム。 日本語では「夏時間」やサマータイムという。 👉 明るい時間を有効に使うために、時計を1時間進める制度 アメリカ合衆国や ヨーロッパでは今も使われている。 人間の都合で、時間を動かす仕組みだ。 太陽はセーブできない よく考えると、少し不思議な制度でもある。 デイライトセービングタイム。 直訳すれば「日光を節約する時間」。 でも本当は 👉 太陽をセーブしているわけではない 太陽は昔から変わらず昇り、沈むだけ。 人間が、そこに合わせようとしているだけだ。 江戸時代の時間 日本には、もっと自然な生き方があった。 江戸時代は、時計ではなく 👉 太陽で時間を決めていた 「明け六つ」=夜明け 「昼九つ」=正午 「くれ六つ」=日暮れ 季節によって時間が伸び縮みする 👉 不定時法 つまり 👉 時間を変えるのではなく、人が自然に合わせていた サマータイムではない生き方 これはサマータイムではない。 斉藤実さんの教えはシンプルだ。 👉 明るい時間に生活する 時計を動かすのではなく、 自分が太陽に合わせて動く。 気がつけば、30年以上続けている生活習慣だ。 待つという時間 とはいえ、社会は日本時間で動いている。 店も、仕事も、営業時間がある。 だから結局、待つことになる。 これはまるで 千利休の世界。 茶の湯もまた「待つ文化」。 湯を待ち、客を待ち、 一服のために時間を整える。 自分の中の時差 自分の中には、いくつかの時間がある。 日本時間 グリニッジタイム ローカルタイム そして、自分の時間 日本時間では朝6時。 でも自分の中では、すでに9時。 太陽は昇り、体は動き出している。 けれど世の中は、まだ眠っている。 結び デイライトセー...

船底塗装工事

イメージ
船底塗装と、動くということ 本当は2日で終わらせる予定でしたが、 途中で雨に降られ、結局3日がかりの作業になりました。 💦ふぅ〜……という感じです。 天気には勝てませんね。 外の仕事は、自然との付き合いそのものです。 それでも、仕上がった船底を見ると、やっぱり気持ちがいい。 綺麗になるというのは、それだけで価値があります。 フランスのブルターニュで見た造船の風景、 あの塗装作業を、ふと思い出します。 現地で一緒に作業していたフランス人の友人が、 よく「ニッケール」と言っていたのを思い出します。 仕上がりを見て、ひと言—— 「完璧だ」「いいね」という、あの軽やかな言葉。 こうして作業をしていると、 不思議とフランスにいるような気分になれる。 そんな、ささやかな喜びがあります。 船底が整うと、水の抵抗が減り、 セーリングのときの“すべり”がまるで違ってきます。 ほんの少しの差ですが、 その差が、風を受けたときの伸びやかさにつながる。 こういう感覚は、やった人にしかわからない世界ですね。 そして、あらためて思うのは—— 「動いてこそ、セールボート」だということ。 どれだけ綺麗にしても、 どれだけ整備しても、 港に置いたままでは意味がない。 やはり海に出て、風を受けて、動かしてこそ。 それが船の本来の姿だと思います。 人間も同じかもしれませんね。 整えることも大切ですが、 最後はやっぱり「動くこと」。 動いて、風を受けて、はじめて その人の本当の力が出る。 今回の作業で、そんなことをあらためて感じました。 3日かかりましたが、仕上がりはニッケール。 さて、次は海へ。 綺麗になった船で、いい風を受けたいですね。 PS 斉藤一人さんの言葉を思い出しました。 「地球は動いている星。だから、動けば必ず何かが変わる。」 記憶は少し曖昧ですが、そんな意味だったと思います。 困ったとき、悩んだときこそ—— あれこれ考える前に、まず動く。 そんなシンプルな教えが、今の自分にはしっくりきます。

船底塗装 備品

イメージ
塗装の段取りチェックリスト □ 長靴 □ 作業服 □ スクレーパー □ 亀の子たわし □ マスキングテープ □ 塗装用刷毛 □ 塗料 □ ペラクリーン □ シャフトジンク □ 台車 □ サンダー □ 延長コード □ 着替え 忘れ物ひとつで作業効率は大きく変わる。 段取り八分、仕事二分。 今日もチェックしてから現場へ。 👍 ⚠️忘れ物キャタツ