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映画 千利休より  侘数寄常住 茶の湯肝要

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侘数寄常住 茶の湯肝要 来週の「一休茶会」の準備を始めなければなりません。 今年は炉を開かず、風炉のままでいこうと思います。 村田珠光の時代には風炉が使われていたと読んだこともあり、今年は風炉で通してみるのもよいかなと。 個人的には炉の配置が好きなのですが、自分流の平台点前では、どうもしっくりきません。 まあ、自分流ですから、それでよいと思っています。 山上宗二と自分流の茶の湯 昨日、映画『千利休 本覺坊遺文』を観ました。 これまでに三度ほど観ていますが、今回はようやく、その奥深さが理解できたように感じました。 特に印象に残ったのが、山上宗二の生き方です。 映画では、秀吉から書院の茶を命じられた宗二が、それに従わず、平点前こそが優れていると自分の信念を貫き、死を迎える姿が描かれています。 権力者の前でも、自分の茶の湯を曲げない。 宗二の頑固さに、どこか自分と似たものを感じました。 もちろん、私には切腹するほどの覚悟はありませんが。 茶の湯とは何なのか。 権力に従うことなのか、流派や作法を守ることなのか。それとも、自分の心に正直であることなのか。 侘数寄常住 茶の湯肝要 今回、茶の湯の言葉として心に残ったのが、 侘数寄(わびすき) 常住(じょうじゅう) 茶の湯(ちゃのゆ) 肝要(かんよう) という言葉です。 「侘数寄」とは、侘び茶の精神を愛し、大切にすること。 「常住」とは、いつも変わらず、寝ても覚めてもその心を忘れないこと。 つまり、 茶の心、侘びの精神を、日常生活の中でも常に持ち続けること だと理解しています。 一方、「茶の湯肝要」とは、茶の心を語るだけではなく、実際にお茶を点て、人をもてなすことが大切だという教えです。 どれほど立派な茶道具を持っていても、どれほど作法を知っていても、お茶を点てなければ茶の湯にはなりません。 茶の湯は知識だけではなく、実践なのですね。 私なりの解釈 この言葉を学んで、改めて思いました。 茶の湯の心は、茶室の中だけにあるものではない。 日々の仕事にも、人との付き合いにも、暮らしの中にもある。 そして、茶の湯を学ぶだけでなく、自分で茶を点て、人と一服を楽しむ。 それが大切なのではないでしょうか。 侘びとは、貧しく見せることではなく、豊かさを見せびらかさないこと。 ...

創世記 リベカ

ヘブライ聖書から学ぶ ― リベカとサラ 結婚は修行、夫婦は互いに学び合うもの 旧約聖書『創世記』24章67節。 サラが亡くなった後、息子イサクのもとへリベカが花嫁として嫁いできます。 ユダヤ教の伝承では、リベカはサラに似ていたとされています。ただし、容姿ではなく、慈しみや信仰、生き方が似ていたという意味です。 ここから、私は一つのことを考えました。 *「男性は自分の母親に似た女性を妻に選び、女性は自分の父親に似た男性を夫に選ぶのではないか」* もちろん、すべての夫婦に当てはまるわけではありません。あくまでも私なりの解釈です。 小岩の大富豪として知られる斎藤一人さんの「結婚は修行だ」という教えを思い出しました。 夫婦とは、互いに学び合い、時には躾け合いながら、ともに成長していく関係なのかもしれません。 振り返れば、私の両親は父が86歳で亡くなるまで、仕事を続けていました。 叔父はヤマト運輸の創業期を支えたメンバーで、裕福な暮らしをしていました。若いころは、その生活を羨ましく思ったこともありました。 しかし、今になって気づくことがあります。 *裕福であることよりも、両親が元気で働き、暮らしていたことこそが幸せだったのではないか。* 父が亡くなって、ようやくそのありがたさに気づきました。 最近は若い世代の離婚についても耳にします。 もちろん、夫婦にはそれぞれ事情があり、別れることが必要な場合もあるでしょう。 しかし、斎藤一人さんの言葉にある「修行」とは、単に我慢することではなく、互いの違いを受け入れ、時には耐え忍びながら、人間として成長することではないでしょうか。 相手を自分の思いどおりに変えるのではなく、自分自身も学び、変わっていく。 これも人生における大切な教育だと思います。 リベカはサラの精神を受け継ぎながら、自分自身の意思で人生を歩みました。 *夫婦もまた、親から受け継いだものを大切にしながら、二人で新しい家庭を築いていく。* ヘブライ聖書は、何千年も前の物語でありながら、今を生きる私たちに多くのことを教えてくれます。 *結婚は修行。しかし、修行とは自由を失うことではなく、互いを尊重しながら、ともに成長すること。* そんなことを、今朝のリベカの物語から学びました。 AIラビ様 解説 ユダヤの教え ― リベカとサラ  慈しみ(ヘセド)と自由意思、受け継がれる...

詩篇18:4

תהלים יח ד מהלל אקרא יהוה ומן איבי אושע AIラビ様 解説 # 詩篇18篇4節 — 神を讃えることと救い ### ユダヤの教え・ラビの解釈・カバラの神秘思想 **תהלים י״ח:ד** **מְהֻלָּל אֶקְרָא יְהוָה וּמִן־אֹיְבַי אִוָּשֵׁעַ** メフラル・エクラ・アドナイ、ウミン・オイヴァイ・イヴァシェア 「私は讃美されるべき主を呼び求める。すると、敵から救われる。」 この詩篇は、ダビデ王が数々の苦難を乗り越え、神への感謝と信頼を歌ったものです。 ここで興味深いのは、ダビデが単に「神様、助けてください」と願っているのではなく、まず神を讃えることから始めている点です。 人間は普通、困ったときに神に助けを求め、救われてから感謝します。しかし、この詩篇では、神を讃え、神を呼び求め、そして救われるという順序になっています。 つまり、まだ救われていないときにも、神を信頼しているのです。 ヘブライ語の「メフラル(מְהֻלָּל)」は「讃美されるべき」、「エクラ(אֶקְרָא)」は「私は呼び求める」という意味です。そして「イヴァシェア(אִוָּשֵׁעַ)」は「私は救われる」という意味で、救済を表すヘブライ語の語根「ישע(ヤシャ)」から来ています。 この救いは、単に願い事がかなうという意味ではなく、危険や苦難から救い出されることを表しています。 ### ラビの教え — 救われる前から神を讃える ユダヤ教の偉大な聖書注解者ラシ(ラビ・シュロモ・イツハキ)は、この詩篇について、救われる前から神を讃えるという意味で解説しています。 ダビデは、神が自分を救ってくださると信頼しているからこそ、救いが訪れる前から神を讃えるのです。 つまり、救われたから信じるのではなく、信じているから救いを待つことができるのです。 また、ユダヤ教の伝統的な聖書解釈である『ミドラシュ・テヒリーム』には、救いを受けてから神を讃えるという読み方もあります。 この二つの解釈から、苦難の中でも神を信頼し、苦難を乗り越えた後には感謝を忘れないという教えが見えてきます。 ただし、神を讃えれば必ず自分の望みどおりになるということではありません。神への信頼と、自分の願望を実現させようとすることは別なのです。 ### カバラの教え —...

千宗旦 借用書

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千宗旦の手紙を読むと、祖父・利休が秀吉に切腹を命じられた後、千家には世間的にも厳しい時代があったのだろうと感じます。それでも茶の湯が受け継がれ、今日まで続いている。こうした苦労も歴史の一部なのですね。 茶道史を学び始めて、私が最初に興味を抱いたのは、一休宗純和尚でした。理由はうまく説明できませんが、何か感じるものがありました。 最近、一休の幼名は「千菊丸」と知りました。 千菊丸から一休へ。田中与四郎から千利休へ。 「千」と「休」という文字が重なるのが、面白いですね。これだけで二人のつながりを語れるわけではありませんが、想像が膨らみます。 まだまだ謎はありますが、来週からの茶会は「一休茶会」がいいかもしれません。 日常の忙しさをしばし忘れ、お茶を飲んで、ひと休み。 そんなひとときを、ご一緒できればと思います。 千宗旦 借用書 AI先生 訳 解説 9s考えました この手紙には、利休ゆかりの花入を担保に、お金を借りていた宗旦の姿が出ています。茶の湯の精神を説く文章とは違い、利息や返済期限まで記された、暮らしの現実が伝わる資料ですね。 写真の31ページから32ページへ続けて読むと、内容がつながります。読み取れる範囲で、意味を補いながら訳します。 現代語訳 「今年の三月まで返済を延ばしていただきましたが、三月になっても返済できませんでした。 そこで井季老にお願いし、ぜひとも借金の保証人になっていただこうとしました。しかし、それもまとまりませんでしたので、あらためて了佐老と宗任老七郎右衛門殿にお願いし、事情を申し上げました。 その借金の担保として、利休が切った『園城寺』という名の花入をお預けしました。 来る七月末日に、借りた銀と利息を必ず返済いたします。もし返済できなかった場合は、この『園城寺』をお渡しして差し支えありません。その際には、異議を申しません。 このことについては、別紙にも宗任老七郎右衛門殿と連名の保証書があります。後日の証拠として、この書面を残します。 四月二日 井季老様」 写真の借用書には、借入額として銀八百七十一匁一分二厘、利息について銀一匁につき月に二分七厘と読める記載もあります。月利に直すと2.7%という計算です。 言葉と内容の解説 「御延」は、返済期限を延ばしてもらうこと。「埒不申候」は、物事が片付かない、ここでは返済が済...

ルート テュ ラム ULTIM トップ

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### Route du Rhum 2026 ― 巨大トライマランを操る若き王子 ルート・デュ・ラム、ULTIMクラス。 全長32メートル、艇速35〜40ノットにも達する巨大なトライマランを、たった一人で操る大西洋横断レースです。 昨日11月4日の情報では、トップを走っているのは29歳の若手スキッパー、トム・ラペルシュ(Tom Laperche)。 艇名はSVR-Lazartigue。2位との差は約170海里とのことです。 トムは、フランス外洋レース界の「セーリングの王子」とも呼ばれる存在のようです。 子供のころ、OPディンギーでルート・デュ・ラムに出場したいと言っていたそうです。 普通なら子供の夢物語で終わりそうですが、フランスのセーラーたちは少し発想が違うようですね。 以前紹介したバイオレット・ドランジュも、OPディンギーでドーバー海峡やジブラルタル海峡を横断しています。 小さなOPディンギーから、世界最高峰の外洋レースへ。 夢の大きさも、それを実現しようとする行動力も、なかなか日本では想像できない世界です。 ところで、最近はブログをずいぶんたくさん書いています。 もっとも、自分のブログなのか、AIのブログなのか、少々怪しくなってきました。(笑) 最近では、自分で書いたブログをスマートフォンで音声にして聞きながら、新しいことを学んでいるような感じです。 そもそも自分の知らないことをAIに教えてもらい、それをブログにしているのですから、私自身も半信半疑で理解しています。 AIは便利ですが、時にはもっともらしい間違いも教えてくれます。 ですから、読まれる皆さんも、どうぞ半信半疑でお願いします。 正しいかどうかを考えることも、知らない世界を知ることも、また一つの楽しみです。 そんなわけで、今日もAI先生と一緒に、フランスの外洋レースの世界をのぞいてみたいと思います。 AIリサーチ トム・ラペルシュ(Tom Laperche) 2026年 Route du Rhum|ULTIMクラス フランス外洋レース界で注目されている、29歳の若手スキッパーです。 興味深いのは、フランソワ・ガバール(François Gabart)の後継者であり、ブルターニュの育成システムから育った選手だということです。 しかも、単に速いセーラーではありません。機械工学を学んだエンジニアでも...

Vendee globe#20 保険組合 マシフ スキッパー

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お詫び 🙇 トライマランのマシフは今回の大会ではなく、以前の大会でした。間違えました。🙇 いよいよ今日、フランスのサン・マロから、単独大西洋横断レース「Route du Rhum(ルート・デュ・ラム)」がスタートする予定です。 今回注目しているのは、以前から紹介しているフランスの相互保険会社「MACIF(マシフ)」です。 フォイルを備えたIMOCAクラスに参戦しています。 日本に例えるなら、国民共済や県民共済のような共済組織が外洋ヨットレースのチームを持ち、セーラーを育成し、世界最高峰のレースに挑戦しているようなものです。 そして、その活動が大会を盛り上げ、企業の広告宣伝やブランド価値の向上にもつながっている。 単にヨットにスポンサーの名前を付けているだけではなく、スポーツを支援し、人を育て、その活動を通じて社会に企業の存在を伝えているわけです。 日本ではなかなか見られない、フランスらしいスポーツと企業の関係ではないでしょうか。 ヨットレースの勝敗だけでなく、その背景にある企業の考え方や育成システムにも興味があります。 今回のルート・デュ・ラムでも、MACIFは注目したいチームの一つです。 AIリサーチ ### Route du Rhum 2026 ### Sam Goodchild(サム・グッドチャイルド) ### MACIF Santé Prévoyance 2026年11月1日現在 ルート・デュ・ラムで注目されているMACIF(マシフ)のスキッパー、サム・グッドチャイルド。 イギリス出身の外洋レーサーでありながら、フランスのオフショアレース界で実績を積み、世界トップクラスのIMOCAスキッパーへと成長した選手です。 特に興味深いのは、イギリス人でありながら、フランスの単独外洋レースの世界で育ってきたことです。 ### 1\. プロフィール 生年月日:1989年11月19日 年齢:36歳 出身:イギリス・ブリストル 国籍:イギリス・フランス 活動拠点:フランス・コンカルノー 所属:MACIF Santé Prévoyance 主な実績:IMOCA年間王者 2023年・2025年 目標:Vendée Globe 2028 優勝 ### 2\. 幼少期から外洋レーサーへ サムは7歳まで家族とヨットで生活していました。 2005年ごろから、イギリスの有名な外洋レ...

スポンサー MACSF 医療従事者保険

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AIリサーチです。 # MACSF(マクスフ)とは? ## フランスの医療従事者を支える相互保険グループ MACSFは、フランスの医師、看護師、歯科医師、薬剤師など、医療従事者を主な対象とする保険・金融グループです。 正式名称は「Mutuelle d’Assurance du Corps de Santé Français」。 日本語では「フランス医療従事者相互保険」と訳せます。 以前紹介したMACIF(マシフ)と同じく、フランスの相互扶助の精神から生まれた保険組織です。 ただし、MACIFが一般家庭を広く対象としているのに対し、MACSFは医療従事者という専門職に特化している点が大きな違いです。 ## 1.MACSFの歴史 MACSFの源流は1897年にさかのぼります。 当時、医療事故をめぐる訴訟から医師を守るため、医師たちが互いに資金を出し合う仕組みが生まれました。 その考え方は「医師が1日1スーを出し合い、仲間を守る」というものでした。 1935年には308人の医師が集まり、相互保険組織を設立。やがて医療従事者全体を支える保険グループへと発展しました。 ## 2.どれくらい大きな会社なのか 2025年の実績は次のとおりです。 会員数:約120万人 年間売上高・保険料等:約34億ユーロ 年間純利益:約2億7,300万ユーロ 従業員数:1,711人 フランスの医療従事者向け保険として、非常に大きな組織です。 ## 3.株式会社ではなく、会員のための保険組織 ここがMACSFの最も興味深いところです。 通常の株式会社では株主が会社を所有し、利益の一部を配当として受け取ります。 一方、MACSFには配当を受け取る株主がいません。 保険契約者である会員(Sociétaires)が組織を支え、会員は議決にも参加します。 利益は内部留保や財務基盤の強化、会員向けサービスなどに活用できます。 日本の県民共済やこくみん共済 coopと、相互扶助という理念が似ています。ただし、法律上の組織形態は同一ではありません。 ## 4.どんな保険を扱っているのか MACSFは、医療従事者の職業上のリスクから日常生活まで、幅広く対応しています。 主な事業には、医療事故などに備える専門職賠償責任保険、医療従事者向けの法律相談・法的保護、自動車保険、住宅保険、生命保険、所得保障、退職後の年金・貯...

Vendee globe#21 Corentin Horeau

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ルート テュ ラム現在 AIリサーチ 2026年11月4日現在、ルート・デュ・ラムのIMOCAクラスで、最新の確認済み順位のトップはコランタン・オロー(Corentin Horeau)です。 艇名はMACSFです。 11月3日17時(フランス時間)の記録では、速力26.4ノット、ゴールまで残り2,512海里です。 上位順位は次のとおりです。 1位 コランタン・オロー(MACSF) 2位 フランチェスカ・クラプチッチ(11th Hour Racing) 3位 アンブロージョ・ベッカリア(Allagrande Mapei) 4位 ボリス・ヘルマン(Malizia) 日本の鈴木晶友選手(MILAI-FURUNO)は15位、速力13.4ノットです。 なお、これは11月3日17時(フランス時間)の確認済み順位であり、11月4日現在の瞬間順位は未確認です。 オローは好調ですね!😊⛵ ### コランタン・オロー(Corentin Horeau) ルート・デュ・ラム2026でIMOCAクラスの首位争いをしている、フランスの外洋レーサーです。 オローは、若い頃からフランスの外洋レース界で経験を積み、特に単独航海のフィガロ級で実力を証明した選手です。 ### 基本プロフィール 名前:Corentin Horeau(コランタン・オロー) 生年月日:1989年6月13日 年齢:37歳 国籍:フランス 主な実績:2023年ソリテール・デュ・フィガロ優勝 2026年の艇:IMOCA MACSF ### 彼の強みはフィガロで鍛えた単独航海技術 フランスのソリテール・デュ・フィガロは、同型艇による単独レースです。 艇の性能差が小さいため、勝負を分けるのは気象判断、潮流、セールトリム、操船技術、睡眠管理です。 オローは2023年にこの大会で総合優勝しました。 つまり、最新フォイラーに乗っているだけの選手ではありません。ワンデザイン艇で勝てる実力を持ったセーラーなのです。 ### 2026年、IMOCAへの本格挑戦 2025年、オローはヨアン・リショームの共同スキッパーとして経験を積みました。 2026年にはMACSFの正式スキッパーとなり、単独IMOCAレースに本格参戦しています。 主な成績は次のとおりです。 2014年:ソリテール・デュ・フィガロ 2位 2023年:ソリテール・デュ・フィガロ 優...

つづき 悪い口

# ユダヤの教え ― ラション・ハラ(悪い舌) ヘブライ語に **לשון הרע(ラション・ハラ)** という言葉があります。 「ラション(לשון)」は舌、言葉、言語を意味し、「ハラ(הרע)」は悪を意味します。直訳すれば「悪い舌」、つまり悪口や陰口のことです。 ユダヤ教のタルムードには、悪口は三人を傷つけるという教えがあります。 **悪口を言った人。 悪口を聞いた人。 悪口を言われた人。** 悪口を言った人は、自分自身の品性や信用を傷つけます。 悪口を聞いた人は、その言葉によって相手への見方が変わり、偏見を持つかもしれません。 そして、悪口を言われた人は、知らないところで評判や信用を傷つけられることがあります。 つまり、悪口は一人だけの問題ではなく、三人に影響を与えるという教えです。 では、事実を話すことも悪口になるのでしょうか。 ここがユダヤ教の興味深いところです。 ヘブライ語には **אמת(エメット)** という言葉があります。「真実」という意味です。 真実は変えられません。事実を曲げたり、作り話をしたりしてはいけません。 しかし、真実だからといって、何でもペラペラ話してよいわけではありません。 たとえ事実であっても、不必要に他人を傷つけたり、評判を落としたりする言葉は、ラション・ハラになり得るのです。 私は、語ることには自由よりも配慮が必要だと思います。 何でも思ったことを口にするのが自由ではありません。 言うこともできる。しかし、言わないこともできる。 その判断を自分の意思ですることが、本当の自由ではないでしょうか。 フランス語に **Comme tu veux(コム・チュ・ヴ)** という表現があります。 「君の好きなように」「君の思うように」という意味です。 私は事実を伝える。しかし、それをどう受け止め、どう判断するかは相手の自由です。 だからといって、相手に何を言ってもよいわけではありません。 真実を語ることと、相手への配慮は別の問題です。 旧約聖書の詩編34編には、こんな言葉があります。 **נְצֹר לְשׁוֹנְךָ מֵרָע** 「あなたの舌を悪から守れ」 言葉は人を励ますこともできれば、人を傷つけることもできます。 **真実は曲げない。作り話はしない。しかし、語る言葉には配慮する。** 言葉を発する自由があるからこそ、言葉を慎む...

ダバール 言葉と出来事 ユダヤの教え#6

今日は久しぶりにユダヤの教えです。 私がユダヤの教えに興味を持ち、最も感動した言葉の一つです。 この教えに出会ってから、すっかり洗脳され始めました(笑)。 テレビや新聞の社会面、最近では賢いYouTuberまで、人々の不安や恐怖を煽るような言葉があふれています。 しかし、この教えに出会って、なるほど、言葉とはそういうものなのかと納得しました。 AIラビ様 今回は、先ほどのお話にあった「舌は最良のもの、最悪のもの」「悪口は三人を傷つける」という教えと、本の「鳥籠から逃げた言葉」「秘密を守ること」を合わせて、ユダヤの教えとしてまとめます。 冒頭文は入れず、 鳥籠の話から始めます。 ユダヤの教え  ― 鳥籠から逃 げた言葉 1.鳥籠から逃げた言葉 「鳥を籠から逃がしても、また捕まえることはできる。しかし、口から逃げた言葉を捕まえることはできない。」 ユダヤの教えに伝わる、言葉の重さを表した言葉です。 鳥は籠から逃げても、運がよければ捕まえることができます。 しかし、一度口から出た言葉は、二度と口の中に戻すことができません。 何気なく口にした一言が、人を傷つけることもあれば、人の人生を変えてしまうこともあります。 謝罪することはできても、言わなかったことにはできないのです。 2.舌は最良のも の、最悪のもの ユダヤの伝承に、こんなお話があります。 ある王様が召使いに命じました。 「この世で最も良い食べ物を持ってきなさい」 召使いが市場から持ち帰ったのは、牛の舌でした。 王様は満足して食べました。 数日後、王様は再び召使いに命じました。 「今度は、この世で最も悪い食べ物を持ってきなさい」 ところが召使いが持ってきたのは、またしても牛の舌でした。 王様は怒りました。 「最も良いものも、最も悪いものも舌とは、どういうことだ」 召使いは答えました。 「舌は、よく使えば人を救い、慰め、愛を伝えることができます。しかし、悪く使えば嘘をつき、人を貶め、争いを生みます」 つまり、舌は使い方によって、最良の道具にも最悪の武器にもなるのです。 3.悪口は剣より恐ろしい ユダヤの教えでは、悪口は剣よりも恐ろしいとされます。 あるラビが弟子たちに、羽毛の詰まった枕を持ってこさせました。 そして枕を切り開き、風の強い丘の上で羽毛を飛ばしま...

宗二記 台

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# 自由な茶の湯と、よい加減 今日は弁当持参で、自作の草庵茶室「仮庵」の作業をする予定です。 その前に、朝一番でウエートトレーニング。 もともとは、ヨットで単独世界一周を目指すために始めたトレーニングでした。 ところが、いつの間にか目的が変わり、今では仕事で重い機器を運ぶための体力づくりになっています。 人生、なかなか思いどおりにはいきませんね。 それでも、身体を動かせることはありがたいことです。 自分で弁当を作ることも、茶室を自作することも、誰かに命令されたわけではありません。 自分がやりたいからやる。 これも自由ですね。 先日は三逕亭へ、一服のお茶をいただきに行きました。 お菓子とお茶で800円。 安いですね。ありがたいことです。 しかも、茶道を知らない人でも気軽にお茶を楽しめるように開催されています。 格式ばかりを重んじるのではなく、誰でも一服のお茶を楽しめる。 もちろん、茶道の作法や礼儀も大切です。 しかし、作法を知らない人にも、おいしいお茶を楽しんでもらう。 これも一つの「よい加減」ではないでしょうか。 いい加減というと、手抜きや中途半端という意味に聞こえますが、私の考える「よい加減」は、時と場所、人に合わせて、ちょうどよいところを知ることです。 さて、今日の『山上宗二記を読む』は「台」についてです。 大名が使う高価な名物の台から、身分に関係なく使える普通の黒台まで、さまざまな道具が紹介されています。 正直なところ、今の自分の茶の湯には、あまり関係がなさそうです。 ですから、今回は知識として読んでおくことにします。 何でも自分の茶の湯に取り入れる必要はありません。 知ることと、実践することは別ですからね。 今日は高価な茶道具よりも、弁当を持って、自分の手で小さな茶室をつくる一日。 これも私なりの茶の湯です。 **自由に学び、自由に楽しむ。そして、よい加減を知る。** そんな一日になればと思います。 AI教授 訳 解説 解釈 おはようございます。😊🍵 今日も『山上宗二記を読む』ですね。 今回は、**「二十九、台」**という部分です。 ここは、これまで学んできた茶碗や茶壺とは少し違い、茶道具を飾るための「台」について書かれています。 しかし、読み進めると、単なる道具の説明ではありません。 名物道具の価値とは何か。そして、その価値は誰が決めるのか。...

創世記 バベル バビロン

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Question  お金が十分にあるから自由になれるのか? 〜 バベルの塔から『バビロンの大富豪』へ ― 今日はバベルです。 昔から教えや格言が好きで、あれこれ学んでいるうちに、気がつけば一生の道楽になってしまいました。 さて、お金と自由。 お金が十分にあれば、人間は自由になれるのでしょうか。 結論から言えば、これも「加減」の問題だと思います。 太平洋を一人で航海していれば、まさしく自由です。誰にも指図されず、風と波と自分の判断で進んでいく。 しかし、それだけでは生きていけません。 いつかは港に入り、陸に上がり、社会の中で生活しなければならない。 日本に戻れば法律や規則があります。今の日本は、少々法律や規則が多すぎるようにも感じます。 それでも、法治国家だからこそ守られている自由も、たくさんあると思うのです。 では、どうすれば自由に生きられるのか。 まずは、どんな仕事でもいいから、年相応に無理なく働くこと。そして、自由のために収入の一割を貯金すること。 これだけでも、人生の選択肢は少しずつ広がるのではないでしょうか。 さて、また始まりました。昔話です。 若いころの私は、よく転職をしていました。 仕事が嫌になると辞める。そして次の仕事が見つかるまで、数か月ほど休む。 最初は自由を満喫しています。 ところが不思議なもので、しばらくすると仕事がしたくなるんですよね。 働いていると休みたくなり、休んでいると働きたくなる。 人間とは、実に勝手なものです。 でも、そこから学んだことがあります。 **自由な時間は、自分でつくることができる。そして、不自由の中にも自由はある。** もちろん、何を自由と感じるかは人それぞれですから、難しいところです。 例えば、日本の大富豪のような暮らし。 月へ旅行し、ゴルフは自分のゴルフ場で楽しみ、車は世界のスーパーカー。船はフェリーのような大型ヨット。 恋愛も暮らしも、私たちの想像を超えるほど自由に見えます。 しかし、私には、どこか不自由で息苦しさもあるように思えるのです。 もちろん、本人がどう感じているかはわかりません。 これはあくまで、自由について考えるための例え話です。 極端な比喩をすれば、何も持たない乞食の自由さは、大富豪にはないのかもしれません。 反対に、大富豪が持っている自由は、何も持たない人にはありませ...

宗二記 石

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石 — 『山上宗二記』を読んで 何年前だったか、もう忘れてしまいました。 茶の湯を学び始める10年ほど前だったでしょうか。 なぜか石に魅力を感じ、衝動買いしたことがあります。 特別な知識があったわけでもなく、ただ、その石の姿や形に心を惹かれたのでしょう。 しばらくは飾って眺めていましたが、やがて興味も薄れ、いつしか断捨離の対象になっていました。 ところが今回、『山上宗二記』の「石」を読んで、少し考え方が変わりました。 昔の茶人たちは、一つの石の中に山や谷、自然の景色を見いだし、その姿を楽しんでいたようです。 そう考えると、かつて自分が石に惹かれたのも、理屈ではなく、何かを感じたからなのかもしれません。 値段でも、由緒でも、名物だからでもない。 ただ、自分の心が動いた。 それだけで十分だったのでしょう。 やはり、茶室はシンプルがいい。 余計なものを置かず、必要なものだけで一服のお茶をいただく。 石の美しさを知ることと、石を所有することは別の話です。 美しいと感じる心は大切にしたい。しかし、美しいものを何でも手元に置く必要はない。 これもまた、侘び茶の「足るを知る」ということなのかもしれません。 さて、この石はどうしましょうか。 捨てるつもりだった石が、『山上宗二記』を読んだおかげで、また少し気になる存在になりました。 茶の湯とは、なかなか面白いものですね。🍵 AI 解説 おはようございます。😊🍵 今日は『山上宗二記を読む』の**「石」**ですね。 写真の106〜109ページを拝見しました。 この章は、茶の湯における「石」の価値を考えるうえで、興味深い内容です。 特に注目したいのは、 石そのものの美しさと、名物としての価値は同じなのか という問題です。 一、「石」の現代語訳 写真の文章をもとに、内容を整理しながら現代語に訳します。逐語訳ではなく、読みやすさを優先した意訳です。 ① 昔の名石と茶の湯 昔から、茶の湯に用いられる石には、さまざまな名石があった。 石にはそれぞれ名前があり、その姿や形、由来によって珍重されてきた。 名高い石は、茶人たちの間で受け継がれ、大切に扱われてきた。 しかし、時代が変われば石の持ち主も変わり、その評価も変わっていく。 ② 石の形と美しさ 石にはさまざまな姿がある。 山のよ...

Vendee globe#19 セバスチャン シモン

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Vendée Globe #19 セバスチャン・シモン 2028年大会の優勝を狙うフランスのセーラー 今日は、3日後に迫った大西洋横断レース「Route du Rhum(ルート・デュ・ラム)」に参戦する、フランスのセーラー、セバスチャン・シモン(Sébastien Simon)を紹介します。 彼は子どものころ、OP(オプティミスト)からセーリングを始め、現在では世界最高峰の単独外洋レース「Vendée Globe(ヴァンデ・グローブ)」で優勝を狙える選手に成長しました。 2024〜2025年大会では、優勝したシャルリー・ダランから約1日遅れ、65日余りで世界一周を達成。見事3位でフィニッシュしました。 次の2028年大会では、優勝候補の一人として注目したい選手です。 昨日、彼のYouTube動画を見ました。 特に興味深かったのは、最新IMOCA艇のコックピットです。 舵(ラット)の正面にはパソコンのモニターが配置され、その脇にはウインチやコントロールロープが機能的にまとめられています。 航海に必要な情報を確認しながら、できるだけ移動せずにセールトリムや操船ができる設計になっているようです。 さらに面白かったのが、セーラーの座るシートです。 リクライニング式の椅子の下には、ショックアブソーバーのようなクッション機構があり、波による衝撃や艇の激しい動きを吸収する工夫がされているように見えました。 これなら長時間の航海でも、身体への負担を少しは軽減できそうです。 そして、もう一つ興味深いのが操舵システムです。 最新のIMOCA艇では、オートパイロットが進化し、風向や艇のヒール、航行コースなどの情報を利用して、非常に高度な操船ができるようになっています。 動画を見る限り、ハンドルとオートパイロットの操作系も、効率よくまとめられているように感じました。 かつての外洋レース艇とは、ずいぶん違う世界になりましたね。 昔は、風を感じ、波を読み、舵を握り続けることがセーラーの大切な仕事でした。 もちろん、今でもその感覚は欠かせません。 しかし、現代のIMOCA艇では、コンピューターやセンサー、オートパイロットをいかに使いこなすかも、勝敗を左右する重要な技術になっています。 それにしても、このコックピット。 実に楽しそうです。 こんな艇で大西...