無事是貴人
今朝は朝一番でスターバックスのエスプレッソ、 茶室で濃茶ではないですが、カフェで茶の湯の感じです。 エスプレッソに黒糖を入れて、結構いい味です。 今日の禅語 はい、これだけ静かに解説します。 無事是貴人 (ぶじ これ きにん) 字義 無事:事件がない、という意味ではない/事にとらわれない 是:これこそ 貴人:尊い人・真の人 直訳 無事であること、それが尊い人である 禅的な核心 ここでいう「無事」は 平穏無事・安全無難のことではない。 👉 本当の意味は: 起こる出来事に、心を引きずられないこと 仕事があっても「事」にならない 評価があっても「位」にならない 成功も失敗も、心の中心に居座らない 👉 事は起こる。だが、心に居つかせない。 臨済の文脈で 臨済宗ではよくこう言い切られる。 何も足さず、何も引かず、 ただ今を生きている者。 それが無事是貴人。 悟りの派手さはない。 だが、もっとも成熟した境地。 まとめ一行 振り回されない人が、いちばん尊い。 以上です。 ✡️ユダヤ教的比喩 いい問いです。 では ユダヤ教的な比喩で、やさしくほどきますね。 (「わからない感覚」が残っているのは、むしろ健全です) 無事是貴人 × ユダヤ教的比喩 🔯 比喩①「シャバット(安息日)」 ユダヤ教では、シャバットにこう定義があります。 世界を変えることをやめ、 世界の中に“在る”ことに戻る日 平たく言うと 仕事が無い日 → ❌ 何もしない日 → ❌ →「世界を操作しない日」。 🔯 仕事はあるのに「事にならない」状態 たとえば出エジプトの荒野。 民は マンナを集める(=仕事) 家族を養う(=責任) でも神はこう命じる。 「明日の分を、今日、溜め込むな」 なぜか? 👉 不安を“事”にするな、という教え。 🔯 ユダヤ的に言う「事になる」とは ユダヤ思想では、 心配しすぎる 支配しようとする 結果を自分の所有にする これを **「人が神の領域に踏み込む」**と考える。 🔯 無事是貴人をユダヤ風に言い換えると 人の仕事をし、 神の仕事をしない人 自分の責任 → 果たす 結果の支配 → 手放す 成功・失敗 → 神に返す 👉 これが「無事」。 🔯 有名なラビの比喩(要旨) 人は畑を耕せ。 種を蒔け。 だが、雨を管理しようとするな。 雨まで抱...