賓主互換と賓主歴然
ここ三日ほど、茶の湯の読書はお休みしていました。
老眼もあって、あまり本を読みすぎると目がさらに悪くなってしまいます。
今日は三日ぶりに、本を開きました。
暖炉に火を入れ、静かな時間の中での学びです。
本当は楽しくて、つい読みすぎてしまうのですが、身体のことも考えてほどほどに。
暖炉の薪の大きさがちょうどよく、
火は強すぎず弱すぎず、静かに燃えています。
そんな炎を眺めながらの読書も、
なかなか幸せな時間ですね。 🔥📖🍵
今日の禅語
ミサさんの雰囲気に合わせて、短く読みやすいブログ文にまとめました。
賓主歴然と賓主互換
— 禅と茶の湯の心 —
禅書 碧巌録 に、
「賓主」という大切な言葉があります。
賓は客、主は主人。
まず大切なのは
賓主歴然(ひんしゅれきぜん)。
主人は主人、客は客。
その立場がはっきりしていることです。
茶の湯で言えば、
亭主は静かに茶を点て、
客は心して茶をいただく。
ここに礼儀と秩序があります。
しかし禅はそこで終わりません。
さらに深い境地として
賓主互換(ひんしゅごかん)
という言葉があります。
主人と客が、
自然に入れ替わる世界です。
亭主は客を思い、
客は亭主の心を感じる。
すると、
亭主と客の区別は消え、
一碗の茶の中に同じ心が生まれます。
これが禅の言う
自由な働きです。
私が好きなのは
一人で茶をいただく 独服。
亭主も客も自分。
それでも
一碗の茶を前にすると、
不思議と世界と向き合う
客のような気持ちになります。
その一服の中で、
賓主は静かに入れ替わる。
禅と茶の湯は、
やはり深くつながっているようです。 🍵
PS
この薪は、倒産したラーメン屋の厨房を片付けているときに通りかかり、声をかけたところ、ディスプレイに使われていた薪を1トン車いっぱいいただいたものです。
ホームセンターでも薪ストーブ用として売られている、よくある薪ですね。
ただ、個人的にはやはりケヤキの薪の香りが好きです。
火にくべたときの、香りが何とも言えません。