③ ヨットの守破離
40年にわたるヨットの守破離?です。
⛵ヨットと道楽、そして自分の守破離
20歳のころ、Dr.B先生に誘われて初めてヨットのクルージングに乗せてもらった。
その体験がきっかけで、セーリングの世界に足を踏み入れた。
技術をもっと上げたくて、クルー(乗組員)として数々のレースに参加し続けた。
10年以上の下積み。
怒鳴られ、バカにされながらも、やめずに続けた。
一番つらかったのは、動く前に「これをこうしろ」と具体的に言ってもらえれば、気持ちよく動けるのに、ただ「違う!バカヤロー!」と怒鳴られることだった。
最後に参加したジャパングアムレースでは、プロのクルーが乗り込んできて、また怒鳴られ、思わず「うるせえ」と喧嘩腰になってしまったこともある。
ここからが、ヨットの世界の現実だった。
このレース艇、ヨット本体もレース費用も含めて約1億円。
自分にできるか?
月に20〜30万円の給料では、そんな“道楽”は天国まで届かない。
つまり、自分で道を拓くしかない。
これが、自分の守破離のはじまりだった。
まずは、岩井海岸で小型ヨット(レンタルディンギー)を借りて、舵取りのトレーニングを始めた。
そのうち、共同オーナーとしてディンギーを購入し、レースにも出場するようになる。
小さな一歩でも、自分の力で進むセーリングの道が始まった。
やがて、一つの夢が芽生える。
ヨット雑誌で目にした、単独大西洋横断レース。
フランス・ブルターニュからカナリア諸島を経由して、カリブ海へと渡るレースだった。
資金集めからヨットの購入まで、すべてが紆余曲折だったが、
ついには単身でフランス・ブルターニュの造船所に渡り、泊まり込みの許可を得て、
自分の手でヨットを造船し、完成・進水。
その後は単独航海のトレーニングを重ねて、レース本番へ。
結果は30艇中9位。
日本人として初めてのゴールだった。
──ヨットの世界も、やっぱりお金がないと守破離はできない。
でも、お金がなくても“志”で突破口を見つけることはできる。
それが、自分の道楽のかたちだった。