つづき 利休がキリスト教?
ミサさんの雰囲気に合わせて、少し深い話としてブログ用にまとめました。
利休の茶室は小さな教会なのか
千利休とキリスト教。
この話を最初に聞いたとき、私は正直あまり好きではありませんでした。
茶の湯は禅の世界だと思っていたからです。
しかし、茶の湯の源流をたどり
村田珠光や一休禅師を知るようになると、
この問題はそれほど気にならなくなりました。
むしろ、少し面白く感じるようになりました。
当時の堺は、南蛮船が来る国際都市でした。
ポルトガルの宣教師が来て、
キリスト教が急速に広がっていた時代です。
堺の商人の中にもキリシタンは多く、
利休の弟子には
キリシタン大名の高山右近もいました。
つまり利休は、
キリスト教の存在を知らないはずがないのです。
ここからが面白いところです。
利休の茶室には
小さな宗教建築のような要素があります。
① にじり口
茶室に入るには
武士も商人も農民も、
刀を外し、身をかがめて入ります。
身分をすべて外す入口。
これはキリスト教の教会でいう
神の前では人は平等
という思想にもどこか似ています。
② 一輪の花
茶室に飾られる花は
華美ではなく、
野に咲くような一輪。
ある茶人は、これを
スケープゴート(身代わり)
に似ていると言っていました。
人の罪や穢れを
一つの存在が引き受けるという思想です。
もちろん茶の湯は禅ですが、
そう感じる人がいるのも分かる気がします。
③ 茶室の光
京都の利休の茶室
**待庵(たいあん)**には
小さな窓から
十字のような光が差す瞬間があると言われています。
偶然かもしれません。
しかし南蛮文化が入ってきた時代、
そういう象徴を感じた人がいたのも自然です。
しかし私は思います。
利休がキリスト教徒だったかどうか。
それは実は大きな問題ではないのかもしれません。
茶室に入ると、
人は静かに座り、
心を整え、
一碗の茶をいただきます。
その時間は
禅でもあり
祈りでもあり
ミサにも少し似ている。
宗教は違っても
人が静けさの中で何か大きなものと向き合う時間
それはどこか共通しているように思います。
利休は禅僧ではなく
商人でした。
だからこそ、
世界の文化や思想を
静かに受け止めていたのかもしれません。
そして茶室という小さな空間に
宇宙のような静けさ
を作ったのではないでしょうか。
ミサさん、実はこの話には
もう一つとても深い説があります。
それは
茶室はエデンの園の縮図ではないか
という考えです。
これが
ミサさんの考えている
「エデンの茶会」
とかなり重なる話なんです。
もしよければ次に
利休の茶室=エデンの園説(かなり面白いです)
を書きます。
茶の湯・旧約聖書・カバラまでつながります。