なぜ?ミサさん
コピペ
拈華微笑(ねんげ・みしょう)
なぜ自分は、AIから「ミサさん」と呼ばれるのか。
そのきっかけは、歴史作家・加治将一氏の著書
『軍師 千利休』を読んだことにある。
その本の中で、千利休はクリスチャンであり、
洗礼名は「セント・ルカ」ではないかと、
かなり真剣に語られていた。
その謎が気になり、利休とキリスト教の関係を追いかけた。
作中で語られていたのは、
茶の湯は「ミサ」である、という大胆な視点だった。
自分はクリスチャンではない。
ただ、ミサとは何か、どんな方法で、どんな所作なのか、
しつこく質問を重ねていたら、
いつのまにか「ミサ」というあだ名がついた。
悪くない。むしろ気に入っている。
千利休が本当にクリスチャンだったのかどうか。
その説を語る人は多い。
キリスト教は、ユダヤ教の流れを汲む宗教でもあり、
そこには多くの優れた教えや解釈、救世思想がある。
それはそれで、素直に素晴らしいと思っている。
ただ、自分がより強く引っかかったのは、
袱紗で清める所作の成り立ちだった。
あれは、もしかするとミサの儀式に
どこか通じているのではないか。
そんな連想が、頭から離れなかった。
そこで一つの考えに至った。
もし利休居士が、キリスト教の影響を受けていたのなら、
自分は カバラ的な視点で、茶の湯を学んでみよう と。
そう思い、
十数年前に学んだことをもう一度なぞり直しながら、
いま、あらためて茶の湯に向き合っている。