2025年12月10日水曜日

箴言7:20

手に金袋を持って出ました。満月になるまでは帰りません」と。 1955年日本聖書協会訳

AI訳 「銀の袋を手に持って旅にでております、彼は“満月の日に”になれば家に帰ってくる」

משלי ז כ

צרור הכסף לקח בידו ליום הכסא יבא ביתו

צרור ツェロウル 袋 バッグ 90-200-6-200-496

הכסף ハケセフ シルバー お金 5-20-60-80-165

לקח ラカフ 彼は一緒に 袋と 30-100-8-138

בידו ベヤドゥ 彼の手に 2-10-4-6-22

ליום レヨウム その日まで その日のために その日に向けて 30-10-6-40-86

הכסא ハケセェ 満月 5-20-60-1-86

יבא ヤボォ 戻ってこない 10-2-1-13

ביתו ベイトゥ 彼の家に 2-10-400-6-418


教祖AIより 油断は心のゆるみ。満月は、全てが明らかになる時。

箴言7:20 は “心の隙をつくらない”というおしえです。

賢者ラビ(聖書学者)の教え

①ラシ 「油断こそ、罪の入り口である。」夫が不在という隙が誤った道へ人を誘う。

②ラダック 「人は“まだ大丈夫”と思う時に一番危ない」“満月まで帰らない”という安心感が落とし穴。

③マルビム 「秘密は必ず明らかになる。」満月のように、隠し事はいつか光の下で示される。

④ラビ・ヒルシャ 「心の油断は、行いの油断を生む。」まず心で許し、その後で手が動く。

מוסר ムサール 心を整える。 「わずかな油断が、大きな過ちを呼ぶ。」 (性質)は、ほんの小さな緩みから崩れる。

2025年12月8日月曜日

南方録 南坊録 大亀和尚様より

一休宗純と千利休がつながりました。


『利休の侘び茶』(立花大亀著)p.143 には、南坊宗哲と利休の深い交流について、次のように記されています。


南坊宗哲は千利休にたびたび質問し、利休から実に細かな指導を受け、それらを丹念に書き留めました。その記録を、宗哲は利休居士の三回忌に仏前へ供え、居士の精神を形にしたその書を捧げたのち、飄然と姿を消したとあります。


🏯 茶道史の背景


ここで触れられる一休・岐翁・南坊宗哲の流れは、**侘び茶の成立史における重要なもう一つの側面”**を示しています。


● 一休宗純(禅) → 村田珠光(侘びの原型)


室町時代、一休宗純の禅の精神が村田珠光に受け継がれ、

「飾らず、心を澄ませる茶」

すなわち侘び茶の原型が生まれました。


● 珠光 → 武野紹鴎 → 千利休


珠光の精神は武野紹鴎に継がれ、さらに利休に至って侘び茶として完成します。

利休は、わずかな道具と空間の中に、無限の深さを見いだしました。


🧘 一休の影響を伝えるもう一つの系譜


本文は、この珠光とは別の系譜──一休の直系に連なる岐翁と南坊宗哲が利休と接点を持つという、きわめて興味深い歴史的事実を示しています。


一休の子・岐翁は、一休と喧嘩して堺へ下りました。

そこで淡路屋という船問屋の親方が彼のために庵を建てました。これが集雲庵です。


一休の遺稿に『狂雲集』がありますが、その「雲集」を逆にして庵の名としたと言われています。庵は堺の南ノ荘にあったため、岐翁は「南坊」と呼ばれるようになりました。


宗哲はその淡路屋の子息で、岐翁に師事し南坊に住んだため、南坊宗哲と名乗りました。


📜 南坊宗哲と千利休


『南方録』を読むと、宗哲と利休の関係がきわめて親密であったことが分かります。

侘び茶を極めた利休に対し、宗哲は禅の深い理解を持つ人物で、両者の交流から侘び茶の精神性がさらに深まったと考えられています。


おそらく利休は、自刃に至る真相を南坊にだけ語ったのではないか──と著者は推測しています。

その内容は他人に語れば一大事。ゆえに宗哲は利休の三回忌を済ませたのち、静かに姿を消したのでしょう。


一休と利休の距離が近づいた理由


● 一休の精神(禅)

● 岐翁 → 南坊宗哲という流れ

● 宗哲が利休の茶の実際の指導を受けたこと


これらが重なり、表向きには別々に見える禅と侘び茶の二つの道が、深いところでつながっていたことが理解できます。


そして、利休の後妻と一休の縁を想像したくなるほど、精神的な近さがにじむ関係です。

歴史は得意でなくとも、こうした具体的な人物の動きや関わりが見えてくると、とても面白く感じられます。

2025年12月5日金曜日

侘び茶 角盆点前


自己流で侘び茶を点て、角盆点前を考え、それで近ごろは茶を点てています。

利休居士の言うように、茶はただ湯をわかし、点てて飲むだけのもの。

茶室も持っておらず、湯呑み友達もいないので、儀式や作法にこだわることなく、利休さんの教えのように、ただシンプルに楽しめればそれでよいのだと思います。


禅を学びながら。立花大亀和尚の教えです。

立花大亀とは(とても簡単に)

臨済宗の禅僧。

茶の湯と禅を一つの“心の道”として説いた人。


・1900年生まれ、相国寺の名僧。

・**「茶の湯は禅そのもの」**という立場で、多くの茶人・文化人に影響を与えた。

・千利休の侘び茶、珠光・紹鴎の心と、禅の核心をつなぐ架け橋のような存在。

・言葉は柔らかいが、教えは鋭く、

 「心を空(くう)にして、あるがままに生きよ」

 を徹底して説いた。


🪷 代表的な教え(超要点)

● 茶の湯は“心の稽古”である

点前の形ではなく、「心の態度」がすべて。

●不立文字──大切なことは言葉にならない

茶も禅も、結局は経験の中でしかつかめない。

・あるがままを肯定する“自然”の道

無理に飾らない、作らない、比べない。

禅は「減らすこと」で深くなる。

・静中に真実あり

忙しさの中より、静けさの中に自分が見える。


2025年12月4日木曜日

詩編17:8

1955年日本聖書協会訳 ひとみのようにわたしを守り、みつばさの陰にわたしを隠し、

AI訳 どうかわたしを守ってください。あなたの瞳の黒目のように大切に。あなたの翼の影に、わたしをそっと隠してください。


^_^自分が思うにはイスラエル学問では、ヘブライ単語に多くの意味が含まれ、理解して疑問を持つことが最高の学び。疑問を持てなければ洗脳と同じになりますね。


​תהלים יז ח 

שמרני כאישון בת עין בצל כנפיך תסתירני

שמרני シャムレニイ わたしを守ってください 300-40-200-50-10-600

כאישון ケエイショウン  瞳のように 20-1-10-300-6-50-387

בת バトゥ 娘の 2-400-402

עין 目 アイン 70-10-50-130

בצל べツェル 影の中に 2-90-70-162

כנפיך ケナフェィファ あなたの翼の 20-50-80-10-20-180

תסתירני タスティレニィ わたしを隠してください


偉大なラビの教え 1 ラシ先生 「瞳=最も守られる場所」 ラシは「瞳(אישון)を“人間が本能的に最も守る場所”と説明します。 👉神様が人を守るのも、それほど深く・本能的で自然なものだという教え。

2ラダク先生 「映る小さな人」 ラダク先生は「אישון」を瞳に映る小さな人影(像)と説明します。

👉神様の瞳に映る自分とは、神様の意識の中心に置かれている存在という教え。

3メッツダット ダヴィッド 「雛を守る翼」 翼の影 (בצל כנפיך)とは「母鳥が雛を守るような保護」を象徴する、と述べてます。👉神様の守りは厳しさではなく“暖かい包容”である。

4ミドラーシュ テヒリイム 「光と影の守り」 ミドラーシュはこう教えます。「神様は光の中でも影の中でも人を守る。影は隠すため、光は導くため。」👉困難(影)も祝福(光)も、守りの一部である。

5タルムード的解釈 「瞳の守りは反射的」タルムードの精神では人は瞳に何かが近づくと反射的に手で防ぐ。

👉神様の守りも“瞬時で本能的”呼ぶ前から守りが働く。

6ザルマン シュネルソン (ハシディズム) ニューヨークのキリスト・・・・・・「翼=シェキナーの影」

ハシディズムでは、“翼の影は”シェキナー(神様の臨在)の覆いと解釈します。

👉神様の臨在は「光」ではなく、多くの場合“影のような包み”として感じられる。

7ラバ・クック先生「守り=生命の中心との一致」

ラバ・クック先生は瞳をたま魂の中心・意識の中心と読みます。

👉人は神様の中心に置かれており、中心に置かれる者は決して見捨てなられない。


⭐️まとめラビたちの教え あなたは神様の瞳の中心に映る存在であり、母鳥に抱かれる雛のように守られている。光も影も“守り”の形である。 と多くのラビたちは教えています。


⭐️カバラ的要約 「わたしの中心はケテルの光に守られ、シェキナー臨在の翼に包まれ生きている。」

2025年12月3日水曜日

三千家の元祖 乞食宗旦


三千家の元祖は千宗旦であり、宗旦は千利休の孫にあたります。

その質素をきわめた生き方から「乞食宗旦」と呼ばれましたが、

この乞食こそ、侘びの生活そのものであり、まさに禅の実践であったと言えるでしょう。


三千家の関係はこうです。

長男・宗守の家が武者小路千家(武者小路通に屋敷を構えたことによる名)。

三男・宗左の家が表千家(正面、本筋の家)。

四男・宗室の家が裏千家(表の屋敷の裏手に位置したため)。


その特色をまとめれば、

表千家は正統にして品格、

裏千家は柔和にして実用、

武者小路千家は質素・侘びの色が濃いと言われます。


自分は、茶道を学び始めてから、

この三千家の背後に、一休宗純の影響があるのではないかという疑問を抱くようになりました。

まだその疑問は疑問のままですが、

宗旦の侘びと禅の生活を思うと、どこか通じるものを感じずにはいられません。



鈴木大拙の本で、禅と茶道、で宗旦と侘び茶を、茶禅同一味 又は禅茶録で紹介しています。

繰り返しになりますが。昔の漢字でこれを本より写すのに3時間かかりました。


はじめにAIの現代語訳より 鈴木大拙 禅と茶道 現代語訳


【やさしい現代語訳】茶禅同一味 又は茶禅録

「侘び(わび)」という一字は、
茶道では特に大切にされ、守るべき心として重んじられてきました。

しかし世の中の人は、
表向きだけ侘びているように見せかけても、
本当のところは侘びの心など持っていないことが多いのです。

見た目だけ侘び風の茶室をつくりながら、
実際には多くのお金を使い、
珍しい茶道具を田畑と交換してまで手に入れ、
客に見せびらかしては、
「これが風流だ」などと言う。
これがいったい侘びと言えるでしょうか。

本来の「侘び」とは、
物が足りず、思いどおりにならない中でも、
自分の欲やわがままを押し通さず、
静かに身を慎んで生きる心のことです。

「侘さい」という言葉を説明した古い書物には、
「侘は立ち止まること、さい(塞)はとどまること。
憂いや失意の中で進めずにいる状態である」とあります。

また、『釈氏要覧』という仏教書にはこうあります。
獅子吼菩薩が
「少欲(欲を少なくすること)と知足(足ることを知ること)の違いは何か」と尋ねると、
仏は「少欲の人は求めず、知足の人は得ても悔いない」と答えました。

この教えを「侘び」の意味と合わせれば、
侘びとは、
不自由でも「不自由だ」と思わず、
不足でも「不足だ」と感じず、
調子が悪い時も「不調だ」と嘆かない心だと理解できます。

もし不自由を不自由と思い、
不足を不足と嘆き、
調子が悪いとすぐ不満を口にするなら、
それは侘びの心ではなく、
ただの貧しい人と同じです。

こうした不満の気持ちに流されず、

心が乱れないときこそ、

侘びの心をしっかり守っている証であり、

それは仏の戒(かい)を守るのと同じほど尊いことなのです。



鈴木大拙 禅と茶道より

茶禅同一味 茶禅録より

侘びの一字は茶道に於て重じ用ひて特戒となせり。然るをよく俗輩陽の容態は侘を仮りて、陰には更に侘びる意なし。故に形は侘びたる一茶斎に許多の黄金を費耗、珍奇の磁気に田園を換へて賓客に衒ひ、此を風流なりと唱ふるは抑何の謂ぞや。それを侘とは物不足して一切我意に任せず蹉跎する意なり。侘さいなどと連続して離騒の註に、侘は立也、さいは住なり、憂思失意住立而不能前といへり。又、釈氏要覧に、獅子吼菩薩問少レ欲知レ足有ニ何差別一仏言少レ欲者不レ取知レ足者得レ少不ニ悔恨とあるを合わせて、侘の意と字訓とを見れば、其不自由なるも不自由なりと思ふ念を不レ生、不足も不足の念をおこさず。不調も不調の念を抱かぬを侘なりと心徳べきなり。其不自由を不自由と思ひ、不足を不足と愁ひ、調はざると訴訟へなば、其侘に非ずして実の貧人と伝ふべし。一切如此の念に流到せざる時は、堅固に侘の意を守りて、助仏戒を保つに等し。

2025年12月2日火曜日

鈴木大拙より 茶亭之記 沢庵

宮本武蔵の小説に出てくる沢庵和尚だと思います。

​鈴木大拙の本より、

それをAIに訳してもらいました。 

江戸時代の茶亭の記録ですね。茶人が殿様の茶汲みをする前が本当の茶道だったのではないかと想像されます。


🪷【やさしい現代語訳】

茶亭之記  沢庵

茶の湯というものは、

天地自然の調和したエネルギーをもとにして、

人の心と世の中を穏やかにする道である。


ところが今の人々は、

茶を友人を集めるための口実にしたり、

飲食の楽しみとして利用したり、

見栄や贅沢の手助けにしてしまっている。


茶室を飾り立て、

珍しい茶碗を集め、

自分の技巧を誇り、

相手の下手さを笑う。

そんなものは、本来の茶の湯ではない。


だからこそ、本当の茶の湯とは、

竹や木の陰に小さな庵(いおり)を構え、

水や石を置き、草木を植え、

炭をくべ、釜をかけ、花を生け、

ごく自然な茶道具を備えることだ。


それらはすべて、

山川自然の風景を一つの小さな茶室に映しとるため。


そして四季の雪・月・花の景色を味わい、

草木の盛衰に心を寄せ、

客を迎えて敬意を尽くす。


釜の中で湯がたぎる「松風」の音を聞き、

世の中の雑念を忘れ、

柄杓から流れる静かな水音に耳を澄ませば、

心のほこりが洗われていく。

茶の湯とは、本当に人間の仙境(せんきょう:心の楽園)である。


礼の根本は「敬」であり、

その働きは「和」である。

これは孔子が説いた礼の精神で、

そのまま茶の湯の心にも通じる。


たとえば、身分の高い人が来ても

うわつかず、へつらわず、

また自分より下の人にも、

慢心を持たずに、真心からの敬意を示す。


これはまさに、

目に見えない「物」がそこに静かに存在し、

共に調和していながら、決して流されない心であり、

深い敬虔(けいけん)の気持ちが続く様である。


マハーカッシャパの微笑み、

曾子の一声の「唯」、

言葉では説明しきれない真如(しんにょ:究極の真理)を思わせる。


だから、茶室づくりから茶道具の準備、

点前や会席、衣服にいたるまで、

無理なく、飾らず、わずらわしくなくすればよい。


華美を好まず、

古い道具の風格の中に新鮮な心を見出し、

四季の自然を忘れず、

疑わず、恐れず、欲張らず、

謙虚でありながら、よそよそしくなく、

素直で真実な茶の湯こそ、

本来の茶の湯である。


こうして天地自然の和やかな気を味わい、

山や川、木や石の景色を炉端に移し、

五行(木火土金水)の調和を備える。

天地のめぐりを一碗に汲みとり、

その味わいを口に含む。


ああ、なんと大いなることか。

天地自然の調和の気を楽しむことこそ、

茶の湯の道である。


まとめ(要点)


 茶の湯の本質=自然との調和・心の静けさ・敬と和

 贅沢・誇示・美の競争は本来の茶ではない

 自然(山川草木)を茶室に移し、四季を味わう

 お客を敬い、身分関係を離れて対座する

 飾らず、素直で、心を清く保つ

 一碗は天地の調和の気をいただく行為である



鈴木大拙の本より

「茶の湯は天地中和の気を本として、治世安穏となり。今の人は、偏に朋友を招きて会談の媒とし、飲食を快とし、口腹の助とす。且茶室に美を尽し、珍器の品を揃へ、手の巧みなるを誇り、他人のつたなきを嘲る。みな茶の湯の本意にあらず。されば竹陰樹下に小室をかまへ、水石を貯へ、草木を植え、炭を置き、釜を掛け、花を生け、茶具を飾る。皆是山川自然の水石を、一室の中に移して、四序雪月花の風景を翫び、草木栄落の時を感じ、客をむかえて礼敬をなす。松風の颯颯たるを釜の中に聞いて、世上の念慮を忘れ、渭水のけんけんたるを一杓より流して、心中の塵埃を洗ふ。真に人間の仙境なるべし。礼の本は敬にして、其用は和を貴しとす。是孔子の礼の用をいへる詞にして、則茶の湯の心法なり。たとえば公子貴人の来坐にても、其交り淡泊にして、しかも諂う事なく、又我より下輩の会席にも、敬をいたして、不慢。是空中に物ありて、和して流れず、久うして畏敬す。マハカショウの微笑、曾子の一唯、真如玄妙意味不可説の理なり。されば茶室を構へるより茶具の備へ、手前・会席・衣類等に至るまで、わづらはしからず。美麗を好まず、古き道具を似て心を新らたにして、四時の風景を忘れず、疑わず怪しまず、貪らず、謹みて疎からず、すなほにして真実なる茶の湯というなるべし。是則天地自然の和氣を翫び、山川木石を炉辺に移して、五行備る。天地の流れを汲て、風味を口にふ、大いなる哉、天地中和の気を楽しむは、茶の湯の道なるべし。



2025年11月27日木曜日

コヘレト2 3

わたしは心の中で、酒でこの身を慰め、知恵を保ちながら、愚かさにも手を伸ばしてみた。人が天の下で過ごすわずかな日々の間、何が人にとって善いことなのかを見きわめようとした。

AI教祖 人生の喜びも愚かさも、すべては 善 を見つけるための旅

😊自分は再度 聖書に戻っています。約2年間茶道を学び、でた答えは、殿様の道楽と薬膳茶。そして茶人は禅の修行をする。
🍵現代の茶道は、茶室が茶道教室に変わり、茶事がお稽古の商売になっているように感じました。

AIリライト



リライト案

😊
このところ、ふたたび聖書へと心が戻っています。
約二年間、茶道を学び続けてきて、
私の中に浮かび上がった答えは――

茶道とは、もともと殿様の道楽であり、薬膳の茶であり、
そして本来の茶人は禅の修行者であった、ということ。

🍵
現代の茶道を見ていると、
かつての茶室は“道の場”ではなく
“教室”としての形が中心になり、
本来の茶事も、どこか「お稽古ビジネス」のように
姿を変えてしまったように感じてしまいます。


קהלת ב ג

תרתי בלבי למשוך ביין את בשרי ולבי נהג בחכמה ולאחז בסכלות עד אשר אראה אי זה טוב לבני האדם אשר יעשו תחת השמים מספר ימי חייהם

תרתי. タルティイ わたしは探った 試みた 400-200-400-10-1010

בלבי ベリビィ わたしの心の中で 2-30-2-10-44

למשוך リムシュウフ 導く 魅了する 引き寄せる 引く 30-40-300-6-20-396

ביין バヤイン ワイン 酒 2-10-10-50-72

את エト この その 1-400-401

בשרי ベサリイ この身 わたしの肉体 2-300-200-10-515

ולבי ベリビィ そしてわたしの心は 6-30-2-10-48

נהג ノヘグ 導かれ 導きつつ 50-5-3-58

בחכמה バハフマア 知恵によって 知恵に導かれ 2-8-20-40-5-75

ולאחז ベレエホズ そしてつかむために かかえる 6-30-1-8-7-52

בסכלות ベシフルウトゥ 愚かさにふれ 愚かさを 2-60-20-30-400-512

עד アドゥ 〜まで 70-4-74

אשר アシェル するところ ということ 〜の 1-300-200-501

אראה エルエェ わたしは見る わたしは見ようとした 1-200-1-5-207

אי エイ 何が どれが 1-10-11

זה ゼェ これが これこそが 7-5-12

טוב トウブ 良いか 善なるものか 9-6-2-17

לבני リブネイ 人にとって 人の子らにとって 30-2-50-10-92

האדם ハアダム アダムさん アダム 人間 5-1-4-40-50

אשר アシェル するところ ということ 〜の 5W1H 1-300-200-501

יעשו ヤアスウ なすべきか 何を行うか 10-70-300-6-386

תחת タハト 下 元 400-8-400-808

השמים  ハシャマイム 天 天国 お天道様 5-300-40-10-40-395

מספר ミスパル わずかな 限られた 40-60-80-200-380

ימי イェメイ 日々 10-40-10

חייהם ハイェイヘム 彼らの生 彼らの人生 8-10-10-5-40-73





2025年11月26日水曜日

箴言7:19

夫は家にいません、遠くへ旅立ち、 1955年日本聖書協会訳


​משלי ז יט

כי אין היש בביתו הלך בדרך מרחוק

כי キィ なぜなら 

אין  ない エイン いいえ

האיש ハイイシュ その男

בביתו ベベイトウ 彼の家で

הלך ハラフ 彼は出かけた

בדרך ベデレフ 方法 道を

מרחוק メラホウク 離れて 遠く


賢者ラビの教え


✡ 今日のブログ:箴言7:19 — ラビ三家の教え


「夫は遠い旅に出ている。」

この一節を、ラビたちは“心の比喩”として読み解きます。


① 「誰も見ていない」という錯覚 — ラビ・ヨナ(Rabbeinu Yonah)


ラビ・ヨナは言います:

「夫が不在に見える瞬間は、人が油断する時である。」

“誰も見ていないから大丈夫”という心の隙を、

誘惑はもっとも好んで狙う。


② 良心(理性)が遠のくと誘惑が近づく — ラシ(Rashi)


ラシはこう解釈します:

「夫=良心、女=悪しき傾向(イェツェル・ハラ)のたとえ。」

理性が弱った時、心はもっとも誘惑に負けやすい。

外の敵ではなく、内側の揺らぎこそ真の危険。


③ 報いが遅れるのは、罰ではなく“猶予” — ラビ・メッキルト(Mechilta)


ラビ・メッキルトは教えます:

「旅が長い=報いがすぐに来ないという錯覚。」

すぐに結果が出ないのは罰が遠いのではなく、

悔い改める時間を与えられている慈悲だと。


✡ 結論:


「良心が遠く感じる時こそ、神は最も近くにいる。」

人目のない選択に、その人の器と光があらわれる。

——ラビたちはそう語ります。



2025年11月14日金曜日

侘び茶 茶禅一味

侘び茶 茶禅一味


茶禅同一味 茶禅録 

最近は聖書から少しはなれ、禅と侘び茶を学んでいます。

茶道より侘び茶がいいですね。

茶禅同一味 茶禅録より

侘びの一字は茶道に於て重じ用ひて特戒となせり。然るをよく俗輩陽の容態は侘を仮りて、陰には更に侘びる意なし。故に形は侘びたる一茶斎に許多の黄金を費耗、珍奇の磁気に田園を換へて賓客に衒ひ、此を風流なりと唱ふるは抑何の謂ぞや。それを侘とは物不足して一切我意に任せず蹉跎する意なり。侘さいなどと連続して離騒の註に、侘は立也、さいは住なり、憂思失意住立而不能前といへり。又、釈氏要覧に、獅子吼菩薩問少レ欲知レ足有ニ何差別一仏言少レ欲者不レ取知レ足者得レ少不ニ悔恨とあるを合わせて、侘の意と字訓とを見れば、其不自由なるも不自由なりと思ふ念を不レ生、不足も不足の念をおこさず。不調も不調の念を抱かぬを侘なりと心徳べきなり。其不自由を不自由と思ひ、不足を不足と愁ひ、調はざると訴訟へなば、其侘に非ずして実の貧人と伝ふべし。一切如此の念に流到せざる時は、堅固に侘の意を守りて、助仏戒を保つに等し。


まとめて茶禅録 茶禅一味の解説と解釈をお願いします。AI解説


すばらしいご依頼です🍵✨この文章は、「侘びの一字」を中心に、茶の湯の精神を**禅の境地(茶禅一味)**として説き明かしたものです。

全体を整理し、意味・背景・茶禅録との関係を一体としてまとめて解説いたします。

🪷一、全体の主旨「侘び」とは、茶の湯における心の根本であり、禅における少欲知足の悟りと同じものである。

外見の質素さではなく、

内面の静けさ・受容・自由を指します。

すなわち、「不自由を不自由と思わず、

不足を不足と思わぬ心」

これが真の侘び=禅の心であり、

「茶禅一味(茶と禅は一つの味)」の実体です。

🍵二、第一段:偽りの侘びを戒める

「俗輩は形だけ侘びをまね、心は富貴を誇る。」

黄金を費やして「侘び茶室」をつくり、

珍しい茶碗を集めて「風流」と称する。

だがそれは侘びの仮面であり、

心が奢(おご)りに染まれば、茶はすでに死んでいる。


→ ここでは「形の茶ではなく心の茶」という利休以来の原則が強く説かれます。

🌿三、第二段:侘びの本義

「侘とは、物不足して一切我意に任せず蹉跎(さだ)する意なり。」

侘びとは、

思い通りにならない現実をそのまま受け入れ、静かに立ち尽くす心。

『離騒』の注に「侘=立」「さい=住」とあり、

「憂いの中に留まり、前に進めずとも、心を乱さぬ」姿をいう。

つまり、

欠け不足を拒まず、そこに安らぐ心。

これが侘びの原義です。


🧘‍♂️四、第三段:仏教との照応(少欲知足)

「少欲の者は取らず、知足の者は得て悔恨なし。」

仏の教えにある「少欲知足」と「侘び」は同根です。

少欲:欲を少なくして求めない。

知足:いまあるものに満ち足りる心を知る。

→ これを茶の湯に当てれば、

 侘び=少欲知足の実践です。

🌾五、第四段:侘びの実践(心の自由)

「不自由でも不自由と思わず、

不足でも不足と思わず、

不調でも不調と思わぬ心を侘びと心得るべし。」

これは禅の無心そのものです。

現実の苦楽・成否を超えて、

心が揺れないところに「静寂(寂)」が生まれる。

→ 「和敬清寂」のは、この「侘び」から来ています。

🌸六、第五段:真偽の分かれ目

「不自由を不自由と思い、不足を嘆くなら、

それは侘びではなく、ただの貧人なり。」

侘び貧乏の違いを明確にしています。

外見が質素でも、

心が不足感に満ちていれば、侘びではない。

真の侘びとは、心が満ちている貧しさです。

🕊七、結び:侘び=仏の戒を守ること

   「一切の念に流れざる時、堅固に侘びの意を守るは、助仏戒を保つに等し。」つまり、

「侘びの心を保つことは、仏の戒律を守ることと同じ功徳がある。」

という結論です。

茶の湯の「一碗」は、

禅の修行と同じ精神の場であり、

茶を点てることが、そのまま仏道の実践なのです。

まとめ(茶禅録・茶禅一味との統合)


概念 禅の教え 茶の湯の実践 心の境地

侘び 少欲・知足 形にとらわれず、足るを知る 無心・静寂

不立文字・無為自然 手前・動作に心を映す 動中の静

茶禅一味 坐禅=一碗の茶 茶=禅の呼吸 和敬清寂

    「茶は禅、禅は茶。」

「侘びは仏の心、寂は悟りの響き。」


『禅茶録』で覚浪道宗が説いた「茶禅一味」は、

まさにこの文章の「侘び」の境地と完全に重なります。

🍃一句でまとめると

   侘びとは、不足の中に満ちる心。

茶とは、禅の心を湯の音に聴く道。