考えるVendee globe#16 ポール メイヤー
ポール・メイルハット(Paul Meilhat)
レーザーからフィガロ、そしてIMOCAへ
ポール・メイルハットは、フランス外洋レース界を代表するセーラーの一人です。
そして、先ほど紹介したミッシェル・デジョワイヨーの教え子でもあります。
実は、彼の経歴はとても面白いのです。
レーザー、49er、フィガロ、IMOCAという道を歩み、ヴァンデ・グローブに挑戦しました。
基本プロフィール
名前:Paul Meilhat
生年月日:1982年5月17日
年齢:44歳
出身:フランス・パリ地方
活動拠点:ロリアン
代表艇:SMA、Biotherm
主な実績:2018年Route du Rhum優勝
ヴァンデ最高成績:2024〜2025年大会5位
1.もともとはレーザーの選手
ここは注目したいところです。
2000年、メイルハットはフランスのレーザー・ジュニア選手権で優勝しています。
その後、49erでオリンピックを目指す活動を経験し、フィガロに転向しました。
2014年にはグウェノレ・ガイネと組み、フィガロの大西洋横断レース、Transat AG2Rで優勝。
つまり、ディンギーで培った操船技術を、外洋レースに発展させていった選手なのです。
2.デジョワイヨーとの師弟関係
フィガロ時代、メイルハットの才能に注目したのが、あの「教授」ミッシェル・デジョワイヨーでした。
デジョワイヨーは彼を指導し、2015年からのIMOCAプロジェクトを支えました。
当時の艇はSMA。
メイルハットは、世界一周のための技術や艇の管理、レース運営を教授のもとで学んでいきます。
これは、ポール=ラ=フォレを中心としたフランスの外洋レース文化を考えるうえでも重要な関係です。
3.2016年ヴァンデ・グローブ、3位からのリタイア
2016年大会では、メイルハットはSMAで参戦。
太平洋を航行中、3位につけていましたが、カンティングキールの油圧シリンダーに亀裂が発生しました。
残念ながらリタイア。
単独世界一周の厳しさを思い知らされる出来事でした。
4.2018年Route du Rhum優勝
ここも面白いところです。
メイルハットは2018年、フォイルのないSMAでRoute du RhumのIMOCAクラスに優勝しました。
新しいフォイラーが登場していた時代に、従来型の艇で勝ったのです。
艇の信頼性、操船技術、気象判断を組み合わせた勝利といえるでしょう。
5.2024〜2025年ヴァンデ・グローブ
2024〜2025年大会では、Biotherm艇で参戦。
74日22時間38分15秒で世界一周を達成し、5位でフィニッシュしました。
2度目の挑戦で、ついに単独世界一周を完走したのです。
6.そして2026年、白石康次郎選手に勝ったセーラー
2026年9月のThe Ocean Race Atlanticです。
優勝したのは、ポール・メイルハット率いるUnited by the Ocean。
2位はフランチェスカ・クラプシッチの11th Hour Racing。
3位は白石康次郎選手のDMG MORIでした。
メイルハットの優勝タイムは7日23時間39分11秒。
2位との差はわずか8分56秒、3位のDMG MORIとの差も22分29秒という大接戦でした。
7.もう一つの顔は、海洋環境教育
メイルハットは、レースだけでなく、子どもたちのセーリング教育や海洋環境保護にも取り組んでいます。
「L’Échappée Bleue」という活動を通じて、子どもたちにセーリングと水環境の大切さを伝えています。
Biothermの艇にはプランクトン観測装置も搭載され、海洋研究に協力してきました。
受け継がれるフランス外洋レースの技術
特に興味深いのは、レーザーのジュニアチャンピオンが、デジョワイヨーに学び、2026年にはThe Ocean Race Atlanticの優勝スキッパーになったという流れです。
ポール=ラ=フォレの育成文化を考えるうえで、一つの成功例といえるでしょう。
そして、もう一つ面白いのは、メイルハットが乗ったSMAという艇の歴史です。
この艇は、かつてデジョワイヨーが2008年のヴァンデ・グローブで優勝したFONCIAでした。
師匠が世界一周で優勝した艇を、今度は弟子が受け継いで世界一周に挑戦する。
艇も技術も、そして外洋レースへの情熱も、次の世代へ受け継がれているのです。
😊
7.もう一つの顔は、海洋環境教育
ポール・メイルハットのもう一つの顔 ― 海洋環境教育
ポール・メイルハットの活動で興味深いのは、世界一速く海を渡ることを目指すセーラーが、次の世代に海の大切さを伝えようとしていることです。
外洋レースには、競技としての側面だけでなく、教育、科学研究、環境保護という役割もあります。
特に注目したいのは、次の三つです。
- 子どもたちに海やセーリングを体験してもらう教育活動
- IMOCA艇を使った海洋観測と科学研究
- レース活動そのものの環境負荷を減らす取り組み
この三つは似ているようで、実は目的が異なります。
1.L’Échappée Bleue ― 海を知らない子どもたちに、海を見せる
フランス語のL’Échappée Bleueは、直訳すると「青い脱出」。日本語なら「青い世界への小さな冒険」といった意味合いでしょう。
2020年にメイルハットと環境保護団体Surfrider Foundation Europeが始めた教育活動です。
驚くのは、その対象です。
ヨットクラブに通う子どもたちだけではなく、経済的・社会的な事情で旅行に行けない子ども、海を見たこともない子どもたちに、セーリングの機会を提供しているのです。
実際には何を教えているのか
最初から大海原へ出るわけではありません。
湖や内陸の水域でセーリングを学び、風の使い方、艇の動かし方、水の上での行動を経験します。
同時に、水辺のゴミ拾いや環境学習を行います。
そして基礎を学んだ後、海へ出て、それまでの経験を生かすのです。
これは単なるヨット教室ではありません。
「海は楽しい」という体験と、「その海を守るにはどうしたらよいか」という問いを、一緒に教えているのです。
2025年にはフランス各地で500人以上の子どもが参加し、2026年も活動が続いています。
2.ポール=ラ=フォレで、子どもたちがフィガロに乗る
これは、これまで紹介してきたポール=ラ=フォレと直接つながる話です。
2024年9月18日、ポール=ラ=フォレで、支援団体を通じて参加した10人の子どもたちを対象に、特別な体験会が企画されました。
子どもたちは、MACIFのフィガロ・スキッパーと一緒にセーリングを体験し、Surfriderの指導で海洋生物やゴミ問題について学ぶという内容でした。
ここで面白いのが、スポンサーのMACIF(マシフ)です。
以前紹介したフランスの相互保険会社ですね。
MACIFはレース艇のスポンサーになるだけでなく、この教育活動にも資金面で協力しています。
つまり、プロのヨットレース、選手育成、子どもの教育、環境保護が一つにつながっているのです。
3.IMOCA艇は、走る海洋研究所でもある
もう一つの重要な活動が、Biotherm艇による海洋観測です。
2023年、メイルハットのチームはTara Ocean Foundationと協力し、艇に「Imaging FlowCytobot(IFCB)」という自動顕微鏡を搭載しました。
これは海水中の微小なプランクトンを撮影・分析するための装置です。
なぜプランクトンを調べるのでしょうか。
植物プランクトンは、海の食物連鎖の土台であり、光合成によって二酸化炭素を吸収し、酸素を生み出します。地球の炭素循環にも重要な役割を果たしています。
しかし、広大な海、とりわけ南大洋では、研究船だけで十分な観測を行うことが難しいのです。
そこで、世界一周レース艇の出番になります。
研究船が簡単には行けない海域を走るIMOCA艇が、レースをしながら科学データを集めるのです。
2025年のThe Ocean Race Europeでも、メイルハットのチームはこの顕微鏡による観測を続ける方針を示していました。
4.ヨットレースは環境に優しいのか?
ここは少し考えてみたいところです。
ヨットは風で走ります。だから環境に優しいと思いがちですが、最新のIMOCA艇には大量のカーボン素材や樹脂が使われます。
建造、輸送、チームの移動にもエネルギーが必要です。
つまり、風で走ることと、レース活動全体が環境に優しいことは別問題なのです。
メイルハットの活動が興味深いのは、海洋保護を訴えるだけでなく、科学者と協力して実際にデータを集め、子どもたちにも海の現実を伝えている点でしょう。
環境教育がレース活動のすべての負荷を帳消しにするわけではありません。それでも、レースという活動を社会に役立てようとする姿勢には学ぶところがあります。
5.日本のヨット教育にも参考になるのでは?
以前お話しした、フランスでミニクラスに挑戦している後輩の女性セーラーが、子ども向けのヨット教育を考えているという話を思い出しました。
このL’Échappée Bleueは、その参考になると思います。
例えば、子どもたちが初めてディンギーに乗り、風を感じる。そして岸に戻ったら、海岸に落ちているゴミを拾う。
そのとき先生が問いかけます。
「このゴミは、どこから流れてきたのだろう?」
海のゴミの多くは、川や街の生活ともつながっています。
ヨットの技術を教えるだけでなく、自然を観察し、自分で考える力を育てる。
これは競技選手の育成とは違う、もう一つのセーリング教育です。
海を知らない子どもに、海を見せる
世界一周の勝者を育てることも大切ですが、海を知らない子どもに、初めて海を見せることも大切な仕事なのでしょう。
ポール・メイルハットは、勝つために海を学び、その経験を次の世代へ伝えようとしている。そんなセーラーなのだと思います。
特に興味深いのは、MACIFがポール=ラ=フォレで子どもたちにフィガロを体験させていることです。
プロ選手の育成だけではなく、その経験を社会へ返しているところが、フランスの外洋レース文化の面白さですね。
参考資料
L’Échappée Bleue ― Surfrider Foundation
https://www.surfrider.fr/echappee-bleue-2/
MACIF ― ポール=ラ=フォレでの子ども向け活動
https://presse.macif.fr/
IMOCA ― Biothermの海洋研究プロジェクト
https://www.imoca.org/