考えるVendee Glibe #11ありがとうシャルリー ダラン 

MACIFのスキッパーです。
MERCI CHARLIE
ありがとう、シャルリー・ダラン
フランス・ブルターニュで、シャルリー・ダランを送る「MERCI CHARLIE」という式典が行われました。
海にはIMOCAをはじめ、Ultim、Figaro、Mini 6.50、そして子供たちのOptimistまで、多くのヨットが集まりました。
まさに、ヨット乗りをヨットで送る式典です。
シャルリー・ダランのセーリング人生を振り返ると、彼もまたフランスの育成システムの中から一歩ずつ上がってきたセーラーでした。
Optimist(OP)から420へ。
そしてMini 6.50、Figaroを経て、世界最高峰のIMOCA、Vendée Globeへ。
いきなり世界一周のスターになったわけではありません。
小さなディンギーから始まり、単独外洋レースの世界を一段ずつ登ってきた選手です。
2020 Vendée Globe ― 最初に帰ってきたのに2位
2020年大会。
シャルリーは世界一周を終え、誰よりも早くフィニッシュラインを越えました。
ファーストホームです。
普通なら、これで優勝です。
しかし海難救助に参加したヤニック・ベスタヴェンにタイム補償が与えられ、最終結果はシャルリーが2位。
世界一周をして、一番最初に帰ってきた。
それでも優勝できなかった。
本人にしか分からない悔しさがあったと思います。
そして4年後
2024年のVendée Globe。
シャルリーは再びスタートラインに立ちました。
そして今になって知ると、この世界一周は普通の挑戦ではありませんでした。
彼は病と闘っていました。
そのことをほとんど表に出さず、世界で最も過酷なヨットレースを走り続けます。
そして、
64日19時間22分49秒。
Vendée Globe優勝。
単独・無寄港・無援助で地球を一周して64日です。
同じ2024年大会を走った日本の白石康次郎さんは約90日。
もちろん船や状況は違いますので単純な比較はできませんが、それでも「64日」という数字の凄さが分かります。
2020年、一番に帰ってきても手にすることができなかった優勝。
4年後、シャルリーは自分の力で取り戻しました。
しかも、病と闘いながら。
MERCI CHARLIE
その翌年、シャルリー・ダランは亡くなりました。
フランスで行われた「MERCI CHARLIE」には、多くの仲間たちとヨットが集まりました。
IMOCAだけではありません。
FigaroもMiniも、そして小さなOptimistも海に出ました。
考えてみれば、これはシャルリー自身が歩いてきた道そのものです。
OPから始まり、420、Mini 6.50、Figaro、そしてIMOCAへ。
小さなヨットから世界一周艇までが一緒になって、ひとりのセーラーを送りました。
シャルリーが残した言葉があります。
「夢を信じてください。それが不可能に思えるときでさえ。」
2020年の2位。
病との闘い。
そして2024年、64日でのVendée Globe優勝。
この人生を知ってからこの言葉を読むと、重みが違います。
自分も昔、単独大西洋横断を経験し、Vendée Globeを夢見た一人です。
だからでしょうか。
今回の「MERCI CHARLIE」を見ていると、単なる有名選手の追悼式には見えませんでした。
一人のヨット乗りが残した航跡を、海の仲間たちが見送っているように感じます。
Merci Charlie.
ありがとう、シャルリー。
素晴らしい航跡を残してくれました。

PS
シャルリー・ダランは、フランス最高位の国家勲章であるレジオン・ドヌール勲章を授与されました。
43歳でした。
あまりにも早すぎる旅立ちです。
Merci Charlie


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