自由人として生きる❤断る自由、選ぶ自由
迷惑口コミについて、
あらためて冷静に振り返ると
それぞれの家には家相があり、人には人相があるように、人それぞれに考え方や仕事の進め方があります。
京都には「一見さんお断り」という文化があります。もちろん自分の仕事とは違いますが、そこには、長い付き合いの中で信頼関係を築いていくという考え方もあるのでしょう。
自分の水道の仕事も、一度工事をすれば終わりとは限りません。
5年後、10年後にまた声をかけていただくことがあります。親から子へお付き合いが続くことだってあります。
だから自分にとって仕事とは、単に「依頼されたから受ける」というものではありません。
お客様には、見積もりを見て断る自由があります。
同じように職人にも、現場を見て、自分には合わない、十分な仕事ができないと思えば、仕事を引き受けない自由がある。
今回、最初から自分が感じていた違和感は、そこだったのかもしれません。
電話ではとても丁寧で謙虚に話をされるので、自分も話を聞き続けました。しかし、こちらが三度以上、他の業者さんを勧めても相談は続きました。
そして現場まで見た結果、最終的に仕事を辞退しました。
その後、Googleの口コミに、自分の経営事情や身体についてまで憶測を書かれました。自分としては、店の信用や営業に影響しかねない内容だと感じています。
あらためて考えると、自分がここまで腹を立てたのは、悪い口コミを書かれたからだけではなかったのでしょう。
相手の意思を尊重すること。
相手にも「断る自由」があると考えること。
そして、自分の言葉が相手の生活や商売にどんな影響を与えるのか、少し想像すること。
自分が今回のやり取りの中で感じられなかったのは、そういう「人への思いやり」だったのだと思います。
自由とは、何でも自分の思い通りにすることではない。
自分に自由があるのと同じように、相手にも自由がある。
相手の自由を認めて初めて、自分も自由人になれる。
今回の出来事を冷静に振り返って、今はそんなことを考えています。🙏
自由とは、好き勝手にすることではない。
自分の感情の奴隷にならず、自分で自分の行動を選べること。
だから自由人には戒律が必要なのだ。