考えるvenddeglove2024

盆休みも終わり、今日から仕事です。
暑さで先延ばしにした仕事を、仕上げていかないといけないですね。
YouTubeで「Malizia」を見て気になり、調べていくと、Vendée Globeの深いところをAIが教えてくれました。
自分にはわからないところなので、どこまで正確かはわかりませんが、興味深いところが見えてきました。
好奇心旺盛ですから、こういうことを調べていくのは面白いですね。

今日もヨットの深い話しです。


2024–25年のVendée Globe。
同じ日に、同じレ・サーブル=ドロンヌをスタートして、同じ世界一周をしたにもかかわらず、優勝したチャーリー・ダランは64日19時間22分49秒。
一方、日本の白石康次郎さんは90日21時間34分41秒。
その差は、約26日です。
もちろんVendée Globeは、単純にタイムだけで選手の能力を比較できるレースではありません。天候も違えば、船の状態も違う。トラブルもあります。まず完走すること自体が大変なレースです。
それでも、同じIMOCAというクラスで世界一周をして、これだけの差がつく。
なぜなのだろう?
そして、もう一つ自分には素朴な疑問があります。
なぜ白石さんには、Vendée Globeを戦うための新艇が与えられるのだろう?
これは白石さんを批判しているわけではありません。
むしろ逆です。
スポンサーは、単純に「一番速い選手」にお金を出しているわけではないのではないか。
そこが気になりました。
そこで2024–25年Vendée Globeを制したチャーリー・ダランについて調べてみると、フランスの外洋レース文化の面白い仕組みが見えてきました。
ダランも、最初からIMOCA60を与えられたわけではありません。
Mini 6.50から始まり、Mini Transatで結果を出し、Figaroへ進み、そこでさらに競争し、企業の育成プログラムに選ばれ、やがてIMOCAへ上がっていきました。
Mini → Figaro → IMOCA → Vendée Globe。
フランスには、若いセーラーが世界最高峰まで登っていくための「階段」があるのです。
一方、白石さんの場合を考えると、少し違うものが見えてきます。
DMG MORIが支援しているのは、単に「Vendée Globeで一番速い日本人を作る」ということだけではないのでしょう。
日本人がVendée Globeに挑戦すること。 日本の企業が世界最高峰の外洋レースに参加すること。 そして、その経験を次の世代へ残すこと。
実際、DMG MORIは白石さんのIMOCAプロジェクトだけでなく、Mini 6.50を使った若手育成にも取り組んでいます。
そう考えると、スポンサーシップとは単なる広告ではありません。
「誰が一番速いか」に賭けるだけではなく、「どんな物語や文化を一緒に作るのか」にお金を出す。
フランスのMACIFが若いセーラーをFigaroから育て、やがてチャーリー・ダランのようなVendée Globe優勝者を生み出した。
そして日本では、DMG MORIと白石康次郎さんが、日本人が世界の外洋レースへ進んでいくための道を作ろうとしている。
64日と90日。
数字だけを見れば、大きな差です。
しかし、その26日の差を調べていくと、単なる「速い、遅い」という話ではなく、その後ろにあるフランスと日本の外洋レース文化の厚みの違いが見えてくるような気がします。
そして、自分が一番興味を持ったのはそこでした。
速いセーラーを一人作ることより、速いセーラーが次々と生まれる文化を作ること。
もしかすると、それこそがフランスのVendée Globeの本当の強さなのかもしれません。


(なお、掲載前には白石さんの90日21時間34分41秒という記録と、艇が本当に「新艇」と表現してよいかだけ、公式記録で再確認しておいたほうが安全です。ここは必要なら私が確認します。)

😊Question

2024–25
Charlie Dalin
アランゴウティエと同じように、情報をお願いします。


💌AIジャーナリストAnswer

はい。1992–93年大会のアラン・ゴーティエと同じように、**2024–25年ヴァンデ・グローブ優勝者、チャーリー・ダラン(Charlie Dalin)**を「生い立ち→ヨットとの出会い→学歴→Mini→Figaro→IMOCA→Vendée Globe」という流れで見ると、とても面白い人物です。

チャーリー・ダランとは

Charlie Dalin(チャーリー・ダラン)

1984年5月10日、フランス・ル・アーヴル生まれ。ノルマンディーの港町で育ちました。6歳のとき、ブルターニュで休暇中にヨットに出会います。家がヨット一家だったから、というタイプではありません。そこから完全にヨットに夢中になりました。

IMOCA +1

少年時代の話が面白くて、部屋には当時の有名スキッパーのポスターが貼られ、Transat Jacques Vabreを毎回追いかけていたそうです。母親によれば、食卓でもナイフやフォークを使って風向きを示して、「この風ならどの角度で走るか」と考えていたほどでした。

ヴァンデグローブ公式サイトより

つまりアラン・ゴーティエが「海で鍛え上げられた世代」だとすれば、ダランはかなり違います。

海+学校+工学を最初から一体化した世代なんですね。

学歴が非常に興味深い

2002年、英国のサウサンプトン大学に進学して、Naval Architecture=船舶・ヨット設計を専攻。2006年に卒業し、船舶設計者として仕事を始めます。

IMOCA +1より

しかも学生時代からソレントで英国のIRCレーシングチームに乗り、英語と設計とセーリングを同時に磨いていました。

ヴァンデグローブ公式サイト

卒業後には、Volvo Ocean RaceのEricsson 4の設計・建造チームにも参加しています。この艇は2008–09 Volvo Ocean Raceを制した艇です。

IMOCA より

ここがダランを理解する重要なところだと思います。

彼は単に船を速く走らせる人ではなく、「なぜこの船が速いのか」を設計者として理解できるスキッパーだった。

そしてMini 6.50

これはミサさんには特に面白いところだと思います。

ダランもMini 6.50を通っています。

自分でMini Transatのプロジェクトを立ち上げ、2009年のMini Transatでは2位。資金集めも楽ではなく、銀行から2万5000ユーロの融資枠を得てプロジェクトを始め、実際には約1万9000ユーロに抑え、レース後に艇を売却したという話も残っています。

Le Monde.fr より

つまり、

Mini → Figaro → IMOCA → Vendée Globe

という、現在のフランス外洋レーサーの「王道」をほぼそのまま登っています。

Figaroで本物になる

2011年、27歳ごろに名門**Pôle Finistère Course au Large(ポール・フィニステール)**へ。

ここはミシェル・デジョワイヨー、フランソワ・ガバール、アルメル・ル・クレアックらを生んだ、フランス外洋レース界の「虎の穴」のような場所です。

2012年にはGildas MorvanとTransat AG2R優勝。

さらにフランスの外洋レース・エリート選手権を2014年、2016年の2回制覇。Figaroには7シーズン参戦しました。

macif.fr +1 より

そして2015年にはSkipper Macifに選ばれます。

ここも重要ですね。

才能のある若い選手を企業が支え、Figaroで徹底的に育て、その先にIMOCAがある。

以前話していた**「フランスのスポンサーは単なる広告ではなく、セーリング文化そのものに参加している」**という話の非常にいい例だと思います。

macif.fr より

IMOCAへ

2018年にAPIVIAがダランを支援し、2019年から本格的にIMOCAへ。

そして最初のVendée Globe、2020–21。

ダランは最初にフィニッシュラインを横切りました。

ところがKevin Escoffier救助に参加したYannick Bestavenにタイム補正が与えられたため、公式順位は2位。

これは相当悔しかったでしょう。

そこから4年間、彼は「次こそVendée Globeを勝つ」ことを中心に準備します。

ヴァンデグローブ公式サイトより

2024–25 Vendée Globe

艇は新造IMOCA

MACIF Santé Prévoyance。

2024年11月10日スタート。

そして2025年1月14日、レ・サーブル=ドロンヌに帰還。

優勝。

記録は、

64日19時間22分49秒。

それまでアルメル・ル・クレアックが持っていた74日3時間35分46秒を、

**9日8時間12分57秒も短縮しました。**�

ヴァンデグローブ公式サイト +1 より

実航行距離は約27,668海里、平均17.79ノット。レース中、合計42日間首位に立っています。

ヴァンデグローブ公式サイトより

特に南大洋での判断がすごい。

インド洋で強い低気圧が来た際、多くの艇が北へ逃げたのに対し、ダランとSébastien Simonは別の選択をして大きなリードを作りました。その後Cape HornではYoann Richommeとの差がわずか9分30秒。南大西洋で再び首位を奪い、そこから一度も譲りませんでした。�

ヴァンデグローブ公式サイト

アラン・ゴーティエと比べると

ここが面白いです。

1992–93 Alain Gautier

Bagages Superior

→ 110日2時間22分

2024–25 Charlie Dalin

MACIF Santé Prévoyance

→ 64日19時間22分

約32年間で、**45日以上短くなっています。**�

ヴァンデグローブ公式サイト

でも人間が45日分強くなったわけではありません。

船、フォイル、気象情報、衛星通信、設計、材料、トレーニング、スポンサーシステム――すべてが変わった。

そしてダラン自身がNaval Architect=船舶設計者だったというのが、まさに現代Vendée Globeを象徴している気がします。

アラン・ゴーティエの時代が「偉大な海の冒険家」からプロレーサーへ移る時代だったとすれば、ダランは、

「セーラー+アスリート+エンジニア+データ解析者」

という現代IMOCAスキッパーの完成形に近い人物だと思います。

なお、とても残念なことですが、チャーリー・ダランは2026年6月、42歳で亡くなりました。 Vendée Globe公式も6月11日に訃報を発表しています。2023年から病気と闘っており、2024–25 Vendée Globeの記録的優勝も、その闘病の中で成し遂げたものだったことが後に明らかになりました。

ヴァンデグローブ公式サイト +1より

このことを知ってから64日19時間という記録を見ると、また違って見えてきます。

そしてミサさんのMini Transatへの思いと重ねるなら、次はぜひ**「なぜCharlie DalinはMiniからFigaroへ上がれたのか。誰が彼を見つけ、Macifはなぜ彼を選んだのか」**を掘り下げましょう。これはアラン・ゴーティエの「なぜ若くしてFigaroに乗れたのか」と並べると、フランスの外洋レーサー育成システムが30年間でどう変わったかがかなり見えてきそうです。


😊Question

お願いします。

💌AIジャーナリストAnswer

はい。調べてみると、チャーリー・ダランがMiniからFigaro、そしてMACIFへ上がっていった過程は、かなり面白いです。しかも「最初から大スポンサーがついたエリート」ではありませんでした。

① Miniは「自分が外洋レーサーになれるか」の試験だった

ダランはサウサンプトン大学で船舶設計を学び、卒業後は設計・造船の仕事をしていました。しかし、本当にやりたかったのは外洋レースです。

そこで選んだのがMini 6.50でした。

本人は、Miniを選んだ理由を「自分が本当に外洋レースに向いているのか確かめたかった。そしてMiniが一番安くできる方法だった」という趣旨で語っています。�

Le Monde.frより

2008年ごろ、小さなスポンサーを得てMiniに乗り始めますが、金融危機でスポンサーが撤退。そこで2009年、銀行に掛け合って2万5000ユーロの当座貸越枠を確保します。

ところが実際に使ったのは約1万9000ユーロ。そして艇を売って借金を返しました。

Le Monde.fr +1より

これ、いかにもMiniですよね。

「まず自分で船と金を何とかして、海の上で結果を出す」

そして2009 Mini Transat。

第1レグ優勝、総合2位。

いきなり結果を出しました。

Le Monde.frより

② でも、すぐ大スポンサーが来たわけではない

ここが重要です。

Mini Transatで2位になったからといって、そのままIMOCAへ行けたわけではありません。

ダランは次にClass40でRoute du Rhumに出ようとスポンサーを探しますが、見つからなかった。

Le Monde.frより

そこで船舶設計者として仕事を続けます。

しかも、Port-la-ForêtでArmel Le Cléac'hのIMOCA「Brit Air」の性能向上を担当する設計チームで約半年働きました。

Le Monde.frより

ここがダランらしい。

普通なら、

「スポンサーが見つからない。レースに出られない。」

で止まるところを、

「では、速いIMOCAを作る側に入る」

となる。

後のVendée Globeにつながる経験だったと思います。

③ Miniでの成績を見ていた会社があった

転機はKeopsysという企業でした。

この会社がMini Transatでのダランを見ていました。

そして2010年末ごろ、ダランに声をかけ、2シーズンのFigaroプロジェクトが始まります。

Le Monde.frより

つまり、ここは非常に重要で、

Mini Transatが履歴書になった。

大企業のスポンサーを持ってMiniに出たのではなく、

Miniで結果を出した

企業に発見された

Figaroに上がった

という順番です。

④ 2011年、Port-la-Forêtへ

2011年、ダランはPôle Finistère Course au Largeに入ります。

Pôle Finistère Course au Large

これは単なるヨットクラブとは違います。

フランスの外洋レーサーを育てるナショナルトレーニングセンターに近い存在です。

ここからFigaroで徹底的に鍛えられます。

macif.fr +1より

そして早くも2012年、Gildas Morvanと組んでTransat AG2R優勝。

2014年には、

フランス外洋レース・エリート選手権チャンピオン。

Solitaire du Figaroでも3位になります。

(macif.fr +1より)

ここまで来て、ようやくMACIFです。

⑤ MACIFは「有名だから」選んだのではなかった

MACIFには2008年からSkipper Macifという若手育成プログラムがあります。

Skipper Macif公式ページ⁠

歴代を見るとすごい。

François Gabart、Paul Meilhat、Yoann Richomme、Charlie Dalin……後のVendée Globeトップスキッパーが並びます。�

macif.fr

そしてダランは2015年枠に応募します。

実は前年にも応募して落ちています。

本人は、その落選によって「どこを改善すべきか分かったので、翌年の単独レースの成績を改善した」という趣旨の話をしています。

(ScanVoileより)

これも面白いですね。

一度落とされているんです。

⑥ MACIFの選考は、かなり本格的

2015年Skipper Macifの最終候補は4人。

Charlie Dalin

Martin Le Pape

Simon Troel

Julien Villion

でした。

選考は単に履歴書を見るだけではありません。

個人面接、体力テスト、単独セーリング、スポーツプロジェクトのプレゼンテーションなどを1週間かけて評価しています。

(ScanVoileより)

MACIF側は選考基準について、

これまでの経歴、将来性、人間性・姿勢

など、多くの要素を見ると説明しています。

(ScanVoileより)

そして選ばれたのがダラン。

この時点ですでに、

Mini Transat 2位

→ Transat AG2R優勝

→ Solitaire du Figaro 3位

→ フランス選手権チャンピオン

です。

つまりMACIFは「無名の若者を一から発掘した」というより、

才能は証明している。しかし大きなスポンサーがなければ次へ進めない選手を、企業がさらに上へ押し上げた

と見るほうが正確です。

⑦ MACIFに入って何が変わったのか

ダラン本人の言葉が核心です。

Skipper Macifには、

チーム、ボートプレパレーター、トレーニング環境

があり、その結果、

競技そのものに100%集中できるようになった。

と語っています。

(macif.frより)

ここですよね。

Mini時代は、

船を買う・金を借りる・スポンサーを探す・整備する・レースする。

全部自分。

MACIFに選ばれると、

「速くなること」が仕事になる。

この違いは非常に大きいと思います。

そして、アラン・ゴーティエの時代と比べると、もっと面白くなります。

アラン・ゴーティエの時代

海で経験を積む

→ Figaroなどで名前を上げる

→ スポンサーを自分で探す

→ 大型外洋艇

→ Vendée Globe

それがダランの世代になると、

Mini 6.50

成績を出す

企業スポンサー

Figaro

Pôle Finistèreで体系的トレーニング

Skipper Macifという企業の育成制度

IMOCA

Vendée Globe

となっています。

私はここに、以前話していたフランスのセーリング文化とスポンサー文化の本質が見えると思います。

企業が単に船体に「MACIF」と書いて広告を出しているのではない。

「次のフランス人外洋レーサーを育てる仕組みそのもの」に企業がお金を出している。

そして2015年に選んだ青年が、10年後の2025年、

Vendée Globe優勝者になった。

これはMACIFにとって、広告効果以上に「自分たちが育てたセーラーが世界一になった」という物語になります。

そしてさらに興味深いのが、2010年のSkipper MacifがFrançois Gabart、2014年がYoann Richomme、2015年がCharlie Dalinだったことです。

(macif.frより)

ここを掘ると、「なぜフランスから次々Vendée Globeのトップ選手が出て、日本では同じ仕組みがなかなかできないのか」という話までつながります。これはかなり面白いテーマです。


😊Question

お願いします。

💌AIジャーナリストAnswer

はい😊

では、**「なぜフランスから次々とVendée Globeのトップ選手が生まれるのか。そして日本との違いは何なのか」**を、チャーリー・ダランを軸に整理してみます。

フランスには「階段」がある

一番大きいのはこれだと思います。

フランスでは、若いセーラーが「いつかVendée Globeへ行きたい」と思ったとき、かなりはっきりした道筋があります。

ディンギー・クラブレース

Mini 6.50

Figaro

Class40など

IMOCA 60

Vendée Globe

もちろん全員がこの順番ではありません。しかしフランス・セーリング連盟自身が、Mini 6.50などを外洋レース最高峰へつながる供給源として位置づけ、Port-la-Forêtには外洋レース専門のPôle Franceがあります。そこでSolitaire du Figaro、Route du Rhum、Vendée Globe、Ocean Raceまでを視野に入れたトップ選手の育成を行っています。

(FFvoile.fr +1より)

つまり、単に「ヨットの上手な人」がいるのではなく、

才能を発見する → 鍛える → レースで競わせる → 企業が支援する → 次のクラスへ上げる

という仕組みがあるんですね。

Figaroが非常に重要

私はここがフランスの強さの核心の一つだと思います。

Figaroはワンデザインです。

船の性能差を小さくして、

「誰が本当に速いのか」

を比較できる。

フランス連盟もSolitaire du Figaroを、35年以上にわたりトップ選手を発掘・育成してきた外洋レース界の重要な競技と位置づけています。

FFVoile コンペティション

だからスポンサー側から見ても分かりやすい。

「この若者は口が上手いから速そうだ」

ではなく、

「同じ船でこの順位なのだから、本当に速い」

となります。

チャーリー・ダランは、まさにそこで証明しました。

そして企業が「選手を育てる」

ここが日本との文化的な違いとして非常に面白いところです。

MACIFなどの企業は、完成したスター選手に広告費を出すだけではありません。

まだIMOCAを持っていない若手を選考して、Figaroで育てる。

フランス連盟によれば、現在もSkipper MACIFやTeam Région Bretagne–CMBなど複数の育成ルートがあり、一部は選ばれた若手にプロとしての身分まで与える仕組みになっています。

(Haut-Niveauより)

そして、そこで育った選手が結果を出せば、

Mini → Figaro → スポンサー → IMOCA

と進んでいく。

だからスポンサーは単なる「広告主」ではなく、

セーラーを育てる文化の参加者

になっています。

以前話していた「広告ではなく、文化への参加」という感覚は、まさにここに当てはまると思います。

では、日本には何がないのか

「日本には才能がない」という話ではないと思います。

むしろ大きいのは、

才能のある若者が次の船へ上がるための階段が細かった

ことではないでしょうか。

たとえば日本の若者が、

「Vendée Globeに出たい」

と言ったとします。

昔なら、

「まずMini Transatに出たい」

→ 船はどうする?

→ フランスまでどう運ぶ?

→ 生活費は?

→ スポンサーは?

→ 練習相手は?

→ 整備は?

→ その次のFigaroは?

ほとんどを本人が考えなければならない。

フランスなら、個人の苦労は当然あるにしても、その先に既存の競技・育成・スポンサーの生態系がある。

この差は大きいと思います。

ところが、日本でも面白いことが始まっています

ここでDMG MORI Sailing Team⁠が非常に重要になります。

白石康次郎さんのVendée Globe挑戦だけで終わらず、2021年にDMG MORI Sailing Academyを設立しました。

しかも育成艇として選んだのが、

Mini 6.50。

これは偶然ではありません。

DMG MORI自身が、Vendée Globeのトップセーラーの多くがMini 6.50からキャリアを始めたことを理由として挙げています。2021年の発表では、若い外洋スキッパーだけでなく、ショアクルーやエンジニアも育成する方針を打ち出しました。

(DMG MORIより)

さらに現在は日本にも育成拠点があります。

2024年から葉山で3人の研修生を受け入れ、目標は、

2027 Mini Transat出場・完走。

そして、そのコーチが鈴木晶友(Masatomo Suzuki)さんです。彼自身が2019 Mini Transat完走、2023 Globe40完走という経歴を持っています。

(DMG MORIより)

これはかなり重要な動きだと思います。

つまり白石さんが、

Vendée Globeに出る

だけで終わらず、

自分の次の世代がVendée Globeへ行ける道を作り始めた

とも見ることができます。

ここで、チャーリー・ダランにつながる

ダランの人生をもう一度並べると、

Mini Transat 2位

→ Figaro

→ Port-la-Forêt

→ MACIF

→ IMOCA

→ Vendée Globe優勝。

そして日本では今、

DMG MORI Sailing Academy

→ Mini 6.50

→ Mini Transat

→ その先へ

という小さな階段ができ始めています。DMG MORI自身も現在、チームの目的に「若い外洋セーリング人材を育てる」ことを掲げています。

ソース DMG MORIセーリングチーム

ここは、かなり希望があります。

日本人の「第二の白石康次郎」を一人探すのではなく、

10人Miniに乗せる。

その中から3人がFigaroやClass40へ進む。

その中から1人がIMOCAへ行く。

本来は、こういう仕組みになれば強い。

フランスが強いのは、天才が突然現れるからではなく、天才が現れたときに上へ運ぶ階段があるから――私は今回調べてみて、そこが一番大きな違いだと感じます。

そして、鈴木さんが今その「階段を作る側」にいるというのは、ミサさんにとっても感慨深い話ではないでしょうか。

ソース DMG MORIセーリングチーム


😊Question

予算はどれぐらい?


💌AIジャーナリストAnswer

はい。現在のトップクラスの新造フォイラーIMOCAでVendée Globe優勝を狙うプロジェクトなら、かなり大きなお金になります。

2024年大会時点でIMOCAクラス会長Antoine Mermodは、新造IMOCAを500万〜700万ユーロ、特に最新フォイラーは上限の約700万ユーロと説明しています。フォイルだけでも1組42万〜50万ユーロほどです。さらに2028年世代については、前方を狙える新艇は700万〜800万ユーロとも報じられています。

(L'Équipe +1より)

日本円をざっくり1ユーロ=170円で考えると、艇だけで約12〜14億円です。

ただし、Vendée Globeは船を造れば終わりではありません。トップチームの年間運営費は年間500万ユーロ弱に達するとIMOCA会長が説明しています。スタッフも最大30人ほどで、設計、ショアチーム、セール、フォイル開発、修理、トレーニング、他のIMOCAレースへの参戦、物流などが必要です。

(BDIより)

ですから4年間のVendée Globeサイクルを大ざっぱに考えると、

新艇 7〜8百万ユーロ

年間活動費 3〜5百万ユーロ × 4年

となり、トップレベルなら総額で2,000万〜2,800万ユーロ前後、つまり現在の為替感なら35〜50億円規模まで十分あり得ます。

ここが、先ほどのブログの話にものすごく効いてきます。

「なぜ企業は一人のセーラーに、十数億円の新艇を造り、4年間で数十億円ものプロジェクトを任せるのか?」

という疑問です。

チャーリー・ダランの場合、MACIFは単に64日で世界一周した男に突然新艇を買ったわけではありません。Figaro時代から関係を作り、育成し、その先にIMOCAがあり、最終的にVendée Globe優勝までつながりました。MACIFは2028年に向けても、再び新造IMOCAを建造することを正式発表しています。

(macif.fr +1より)

だから次に白石康次郎さんのプロジェクトについて、**「DMG MORIはいくらくらい投じているのか。そして90日だった白石さんになぜ新艇を託したのか」**を具体的に調べると、ブログの核心になると思います。





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