朝の運転と自動運転


朝、車を運転していた。
車の数も少なかったので、時速30キロくらいで走っていた。
走ってみると、この道には30キロくらいがちょうどいい感じがした。
信号、踏切、一時停止の連続。
急いでいなければ、30キロでも十分だ。
ブレーキを何度も踏むストレスも少ない。
ふと、運転しながら思った。
「あれ? 日本では自動運転はなかなか難しいのではないか」
たとえば目的地が10キロ先だとする。
時速30キロなら約20分。
時速50キロなら約12分。
差は約8分である。
急いでいなければ、30キロで十分とも言える。
しかも、センターラインのない道路なら、法定速度はだいたい30キロから40キロ。
十分に安全な速度である。
ところが、朝7時から夕方6時くらいになると、道路の空気が変わる。
車の群れが動き出す。
後ろを見ながら運転しないといけない。
自分はいつも法定速度より10キロくらいを目安に、流れに合わせて走っている。
それでも追い抜かれることがよくある。
昨日はひどかった。
センターラインのない道路で、対向車線にはみ出して、推定80キロくらいで追い抜いていく車がいた。
しかも続けて2台。
危ない。
アメリカ人風に言えば、オークレージである。
少し狂っている感じがした。
高級車に乗っていると、それがステータスになるのだろうか。
こちらは軽貨物なので、少しバカにされているような気もする。
さて、自動運転の話に戻る。
自分としては、自動運転は楽だと思う。
AIならスピード違反はしないだろうし、車間距離も正確に取るだろう。
ブレーキも急がず、無理な追い抜きもしない。
しかし、そこで思う。
高級車志向の人たちは、法定速度で静かに走るだろうか。
今話題の山太郎先生も、45キロオーバーで交通違反のニュースがあった。
高速道路ならまだ道幅が広いので多少はましかもしれない。
しかし、日本の細い生活道路では、本当に危ない。
そう考えると、日本で本格的な自動運転が広がるのは、まだ先の話のように感じる。
文明学者でYouTuberの加治氏も、日本は道路が悪いと言っていた。
そんなことを思うのは自分くらいかと思っていたが、同じようなことを言っていた。
加治氏は、アメリカで15年生活した経験から、道路の広さについて話していた。
自分もアメリカでレンタカーを何度か借りて運転したことがある。
地域にもよるが、市道でも片側4車線あるような道があり、ずいぶん広いなと感じた記憶がある。
フランスでの運転も思い出した。
フランスは信号よりロータリーが多い。
有名な凱旋門も大きなロータリーである。
あれは結構緊張する。
「譲る」というより、流れに合わせて入っていく感じだった。
一時停止ではなく、徐行しながら流れに乗る。
慣れるまでは怖いが、郷に入っては郷に従えである。
そう考えると、フランスの自動運転はさらに難しそうだ。
朝の運転から、少しアメリカとフランスの道路を思い出した。
そして、日本の自動運転について考えていた。
便利な未来は来るのだろう。
ただし、日本の細い道と、人間の急ぐ心。
この二つを考えると、自動運転の本当の難しさは、技術だけではないのかもしれない。



PS
これは昨日の話です。
新盆の説明会に参加しました。
そこで、お盆にかかる費用の説明がありましたが、戒名によって金額が違い、お布施の目安も決まっていました。
名称は忘れてしまいましたが、中間の「居士」で約50万円。思わず息をのむ金額でした。
一番下の「信士」でも約22万円。これが最低額とのことでした。
説明会には50人ほどの檀家さんが集まっていましたが、単純に考えても大きな金額になります。
自分が無理なくお布施できるのは3万円くらいでしょうか。母は年金6万円ほどの生活ですが、それでも「できるだけ多く納めたい」と考えています。
もちろん、お布施は本来、感謝の気持ちを表すものであり、生活に支障のない範囲で納めるものだと私は思っています。
安倍元首相襲撃事件では、山上被告の家庭が宗教への多額の献金によって困窮したことが事件の背景の一つとして報じられていました。そのニュースを思い出しました。
私のお寺も立派なお寺です。
和尚さんの車はフィアット。その横には立派な車庫があり、厳重なシャッターの中には高級車が2台あるようでした。
一方、自分は古い軽貨物に乗り、普段は野菜中心の質素な食生活です。
だからこそ、多額のお布施については、少し考えさせられる一日でした。


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