今日の禅語 明珠在掌
「明珠在掌(みょうじゅたなごころにあり)」は、禅でよく用いられる言葉です。
特定の一人が最初に作った名言というより、慧能の流れをくむ禅の思想や、禅問答・公案の中で育まれた表現です。
「明珠(めいじゅ)」は光り輝く宝珠、「在掌」は手のひらの中にあるという意味です。
つまり、
「探し求めている宝は、実は最初から自分の手の中にある。」
今日の禅語
明珠在掌(みょうじゅたなごころにあり)
「明珠在掌」とは、
「探し求めている宝は、すでに自分の手の中にある。」
という禅の教えです。
私たちは、幸せや成功、名誉やお金を外へ外へと求めがちです。
もっと豊かになれば幸せになれる。 もっと認められれば満たされる。
そう思って歩き続けます。
しかし禅は、
「本当に大切なものは、すでにあなたの中にある。」
と静かに語りかけます。
今ある健康。 家族。 友人。 仕事。 そして今日という一日。
それらもまた、かけがえのない宝です。
今週のパラシャ「バラク」では、預言者バラムが報酬や名誉に心を奪われました。
しかし神が与えようとされた使命は、お金や名誉ではなく、「祝福を語る」という役割でした。
外ばかり見ていると、大切なものを見失います。
自分の手の中にある宝に気づくこと。
それが「明珠在掌」の教えなのだと思います。
茶の湯でも同じです。
高価な道具があるから良いお茶になるのではありません。
一碗のお茶を心を込めて点てる。
その一服の中にこそ、本当の豊かさがあります。
今日も、自分の手の中にある宝を大切にしながら、一日を過ごしたいと思います。
PS
「明珠在掌」は、禅だけでなく、ユダヤ教の考え方にもどこか通じるように感じます。
神様から与えられた使命や日々の祝福は、遠くにあるものではなく、すでに私たちの手の中にあるのかもしれません。