ハラーパン
安息日のお茶を振り返って
これは私の想像ですが、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」に描かれているパンも、ハラーパンのようなパンだったのではないかと思っています。
あの絵を見ると「最後の晩餐」と呼ばれていますが、それは結果として翌日にイエス・キリストが十字架にかけられたために、後からそう呼ばれるようになったのではないでしょうか。
私にはむしろ、安息日の晩餐のように見えてしまいます。
祝福のワイン。 祝福のパン。
ペサハであれば種無しパン(マツァ)になりますから、戒律を守っていたイエスが発酵したパンを用いたのかという疑問もあります。そのため、最後の晩餐が本当にペサハだったのか、あるいは安息日の食卓に近いものだったのか、つい考えてしまいます。
先日の「安息日のお茶」では、このパンとワインには特にこだわりがありました。しかし最初に出してしまうと全体の流れが崩れてしまうため、香の物のあと、お菓子の前に少しだけ召し上がっていただきました。
写真のパンはハラーパンです。
このパンの作り方を教えてくださったラビ様は、ご自身では決して語りませんが、エゼキエルの家系に連なる方だと聞いています。母方のご実家もエルサレム旧市街にあるそうで、大変偉大なラビ様です。
イエス・キリストは約2000年前。 預言者エゼキエルは約2600年前。
その長い歴史の中で受け継がれてきたパンを、日本の小さな茶室でいただくのも不思議なご縁です。
材料は、小麦粉、砂糖、塩、酵母、卵、オリーブオイル、水、蜂蜜。 さまざまなものが入っていますが、味は素朴で、おかずにもよく合います。
また今回使った茶碗は、満月や三日月、新月を思わせる形でした。特に意識したわけではありませんが、イスラエルの暦は月の満ち欠けを基準にしています。
そしてエルサレムと平安京。
遠く離れた二つの都ですが、どこか心の中でつながっているようにも感じます。
安息日のお茶を終えた今、あらためて振り返ると、一服のお茶の中にも、長い歴史と人のご縁が静かに息づいているように思えるのです。