花の事 座敷のよきほどかろがろとあるべし


花の事 座敷のよきほどかろがろとあるべし
おはようございます😊
今朝、『珠光のお尋ねのこと』を読んでいて、心に残った一文があります。
一、花の事 座敷のよきほどかろがろとあるべし
現代の言葉でいえば、
「花は座敷にふさわしい程度に、軽やかに、さりげなくあるのがよい」
という意味でしょうか。
実は、茶の湯を始めた頃の私は、花はなくてもよいと思っていました。
茶碗や釜、掛け軸には興味があっても、花にはあまり関心がありませんでした。むしろ、花がなくてもお茶は飲めるのだから、必要ないのではないかと思っていたくらいです。
ところが勉強を続けていくと、『南方録』には利休が花を飾らないこともあったと書かれています。
それを知った時、「やっぱり花はなくてもいいのか」と思った半面、利休が花を否定したのではなく、花を飾ることが目的になってはいけないということなのだろうとも感じました。
花を飾るための茶室ではなく、 お茶を飲むための茶室。
だから花が必要な時もあれば、必要でない時もある。
珠光の言う「かろがろとあるべし」も同じような意味ではないでしょうか。
花が主人公になるのではなく、その場に自然にあること。
先日の茶では庭のどくだみを挿しました。
豪華な花ではありません。 茶花として特別珍しい花でもありません。
しかし、その季節に庭で咲いている花です。
どくだみが一輪あるだけで、座敷に少し季節が入り、少し風が入り、少し自然が入る。
それで十分なのだと思います。
珠光から利休へ続く茶の湯は、足し算ではなく引き算の文化です。
立派な花を競うのではなく、 花を生かしながらも花を目立たせすぎない。
座敷も、道具も、花も、
「座敷のよきほど」
であればよい。
歳を重ねるほど、この言葉の深さを感じます。
人生もまた同じかもしれません。
頑張りすぎず、 飾りすぎず、 背伸びをしすぎず。
珠光の言うように、
「かろがろとあるべし」
そんな気持ちで今日も一日を過ごしたいと思います。
合掌🍵

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