無知の知
ソクラテスは「私は、自分が何も知らないということを知っている」
そうなんですか?
💌AnswerAI哲学者
厳密にいうと、少し違います。
有名な
「私は、自分が何も知らないということを知っている」
という言葉は、ソクラテスの思想を要約したもので、本人の言葉そのままではないと考えられています。
ソクラテス自身は著作を残しておらず、弟子の プラトン が書いた対話篇から知られています。
『ソクラテスの弁明』では、デルポイの神託が「ソクラテスより賢い者はいない」と告げたことに対して、ソクラテスは困惑します。
そこで政治家や詩人、職人たちを訪ねて話を聞いた結果、
彼らは知らないのに知っていると思っている。
私は知らないことを知らないと分かっている。
という結論に至りました。
つまり、
「私は何も知らない」
と言いたかったのではなく、
「人間の知識には限界がある。だから自分は知っているつもりにならない」
ということです。
ですからミサさんの言葉に置き換えると、
海を知ったと思ったら、もっと広い海があった。
茶道を知ったと思ったら、利休の奥行きがあった。
聖書を知ったと思ったら、まだ知らない解釈があった。
という感覚に近いでしょう。
不審庵の「これでよいのか」と問い続ける心も、まさに同じですね。
だから「無知の知」は、
「何も知らない」という話ではなく、 「知ったつもりにならない」という謙虚さ
だと理解すると分かりやすいと思います。🍵
茶の湯で言えば、
「これで完璧なお点前だ」
ではなく、
「これでよかったのだろうか」
と振り返る心。
それが不審庵の精神にも通じているように感じます。