利休の生涯をたどる
雨のせいもあってか、最近は千利休の生涯をたどることが多くなりました。
田中与四郎として生まれ、商人として育ち、やがて千宗易となり、そして利休居士と呼ばれるようになった人生。
茶の湯を極め、天下人である信長や秀吉に重用されながら、最後は自らの命を絶つことになりました。
歴史を学ぶと、華やかな部分だけではなく、その裏にある苦悩や孤独も見えてきます。
利休がどんな思いで茶を点てていたのか。
晴明神社の近くにあったと伝わる聚楽屋敷で、何を考えていたのか。
不審庵という名前に込めた思いは何だったのか。
考え始めると、少し悲しい気持ちになります。
しかし、その答えが分からないところに歴史の魅力があるのかもしれません。
もしすべてが分かってしまったら、歴史はただの年表になってしまいます。
分からないから想像する。
想像するから、五百年も前の人に親しみを感じる。
雨音を聞きながら利休のことを考えていると、茶の湯とは道具や作法だけではなく、人の人生そのものを学ぶことなのだと感じます。
今日も一服のお茶をいただきながら、遠い昔の宗易に思いを馳せています。
PS
不審花開今日春。
なぜ花は咲くのか。 なぜ人は出会うのか。
利休もまた、その「不審」を抱えながら生きていたのかもしれませんね。🍵☔