豆腐屋の思い出
豆腐屋の思い出
安息日のお茶の献立を考えていると、どうしても豆腐が入ります。
茶懐石の本を開いてみても、四季折々の茶会で豆腐料理はよく使われています。派手な食材ではありませんが、茶の湯の世界では大切な存在です。
豆腐といえば、子どもの頃の思い出があります。
実家の道路を挟んだ斜め前に「なっとうや」という納豆屋さんがあり、そこで豆腐も作っていました。母に頼まれ、鍋を持って小銭を握りしめ、豆腐を買いに行ったものです。
毎日、豆腐屋のおじさんとおばさんが早朝から働いている姿を見ていました。当時は当たり前の風景でしたが、今振り返ると、とても贅沢な昭和の風景だったように思います。
子どもに豆腐の味が分かるかといえば難しいでしょう。ハンバーグやソーセージの方がおいしいと思う年頃です。しかし裕福な家庭ではなかったこともあり、我が家では豆腐が食卓によく並びました。
おかげで今は、少しだけ豆腐の味の違いが分かるようになりました。
現在、私は佐倉市の城下町でテナントを借りて仕事をしています。ありがたいことに格安で借りていますが、いつか自分の土地に小さな事務所を建てたいと思い、佐倉小学校の脇にあった売地を購入しました。
最初はログハウスにガーデニング、アフタヌーンティーなどを考えていました。しかし、どうも自分には洒落すぎて落ち着きません。
そんな時に偶然出会ったのが鴨長明の『方丈記』でした。
調べていくうちに「方丈庵」、そして「草庵」という言葉に惹かれます。
さらに学んでいくと、京都の下鴨神社に方丈庵を再現した建物があることを知り、実際に見に行くことにしました。
私の得意技は「学ぶは真似る」です。
飛行機で関西へ向かい、レンタカーで京都へ。まずは草庵見学の前に京都らしく懐石料理をいただこうと、近くの下鴨茶寮へ伺いました。
料理をより美味しく味わうために、最初に五種類のお猪口から好みのものを選び、お酒をいただきます。
建物や庭も見事でしたが、印象に残ったのは豆腐料理です。
創業安政三年の歴史を持つ店で、醤油も手作り。料理の中には三、四種類もの豆腐料理がありました。
豆腐という一見味の薄い食べ物の中に、それぞれ異なる個性があることに驚き、感動したのを覚えています。
そして昨年、奈良の珠光茶会に参加した帰りには京都へ足を延ばし、高台寺の夜咄茶会に参加しました。
蝋燭の灯りだけで行われる茶会は、まるで戦国時代へタイムスリップしたような世界でした。
茶会の後に伺ったのが、高台寺近くの豆腐料理店「羽柴」です。
下鴨茶寮よりも庶民的で、自分にはどこか居心地の良い店でした。
様々な豆腐料理をいただきながら、お店の方から近くのお寺で若いお坊さんが作っている精進豆腐の話を聞きました。
真冬でなければ作れない豆腐もあるそうで、その苦労話が料理の味をさらに深くしてくれました。
隣の席にはカナダ人の女性がおり、ビーガンの方だったようで、これは何かと色々質問されました。
私は適当に「精進料理とコーシャーは少し似ていますよ」と説明しましたが、あまり伝わらなかったようです。
今思えば、それも楽しい旅の思い出です。
豆腐だけを見れば、ステーキやマグロの方が豪華で美味しそうに思えます。
しかし魯山人の言うように、毎日食べるなら豆腐と漬物とご飯が良いのかもしれません。
子どもの頃は飽きるほど食べた豆腐でしたが、今になって母親の苦労や、毎日豆腐を作り続けていた豆腐屋さんの姿が思い出されます。
そして、繊細な豆腐の味が分かるようになったことにも感謝しています。
そんな経緯もあって、今回の「安息日のお茶」では豆腐にこだわってみました。
派手さはありませんが、昔ながらの豆腐のように、静かでやさしい時間になればと思っています。
PS
京都には良質な地下水が豊富で、また仏教文化の影響から精進料理が発達しました。そのため豆腐文化も深く根付き、多くの名店が生まれました。茶の湯と豆腐は、どちらも派手さより素材の持ち味を大切にする、日本らしい文化なのかもしれません。
