安息日 シャバット

安息日のお茶 〜小さなエデンの園〜
おはようございます🌞
今月予定している「安息日のお茶」を考えながら、改めて安息日(シャバット)について学んでいました。
創世記(ベレシート)の冒頭には、天地創造の物語があります。
神は六日間で天地を創造し、
一日目 光
二日目 天
三日目 大地と植物
四日目 太陽と月と星
五日目 魚と鳥
六日目 動物と人
を創られました。
そして七日目、
「神はそのなされたすべての業を終え、七日目に休まれた。」
とあります。
神が疲れたから休んだのではありません。
完成した世界を眺め、その恵みを味わうための休息でした。
ユダヤ教では、この七日目の休息を安息日として大切に守っています。
ユダヤ思想家のアブラハム・ヨシュア・ヘッシェル先生は、
「安息日は時間の聖域である」
と語りました。
私たちは土地や財産、仕事や成功を求めて忙しく生きています。
しかし安息日は、それらを一度脇に置き、時間そのものを味わう日です。
ラビ・アキバは、
「隣人を自分自身のように愛しなさい」
をトーラーの大原則と教えました。
またヒレルは、
「自分が嫌なことを人にしてはならない」
と語りました。
安息日は、神との関係だけでなく、人との関係を見直す日でもあります。
そして、あまり有名ではありませんが、ラビ・ベン・ヘ・ヘは、
「トーラーを繰り返し学べ。すべてはその中にある。」
と教えています。
毎週同じ箇所を読んでも、新しい発見があります。
それは禅で同じ公案に向き合うことにも似ているように感じます。
最近、自分は禅や老子、ユダヤ教を行ったり来たりしていますが、共通しているのは「今この時を大切にすること」のように思います。
茶室で一服のお茶をいただく時間。
海に浮かぶヨットの静かな時間。
坐禅で呼吸を見つめる時間。
それらはすべて、ヘッシェル先生の言う「時間の聖域」なのかもしれません。
安息日は、一週間に一度訪れる小さなエデンの園。
今月の「安息日のお茶」も、そんな小さなエデンの園になればと思います。
ラハイム(命に乾杯)🍷
そして、一服のお茶に感謝です。🍵


PS
これはあくまで自分の妄想ですが、日本社会も安息日のような考え方をもう少し取り入れたら、ストレスや病気の少ない社会になるのではないかと思います。
もちろん今でも土日休みの方は多いのですが、自分が休んでいる間にも誰かが働いています。便利な社会ですから仕方のないことですが、ユダヤ教の安息日やエルサレムの雰囲気は少し違います。
社会全体がゆっくり休む。
競争や仕事から少し離れ、家族や友人との時間を大切にする。
そんな空気があります。
フランスも、サービス業などを除けば土日に社会全体が休む仕組みが比較的残っています。
過当競争を避けながら暮らしを守る社会と、自由競争を優先する社会では、税金や消費税に対する考え方も少し違って見えてきます。
どちらが正しいということではありませんが、「働くために生きる」のではなく、「生きるために働く」という視点は、安息日の教えから学べることの一つかもしれません。

「海を眺めながらお茶を一服するくらいの余白が、人には必要なのかもしれません。」

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