コヘレト 2:13
光が暗きにまさるように、知恵が愚痴にまさるのを、わたしは見た。1955年日本聖書協会訳
קהלת ב יג
וראיתי אני שיש יתרון לחכמה מן הסכלות כיתרון האור מן החשך
一単語ずつ
ヘブライ語
読み
意味
וראיתי
ヴァライティ
私は見た
אני
アニ
私は
שיש
シェイェシュ
~があることを
יתרון
イトロン
優位、利益、優れた点
לחכמה
ラホフマー
知恵に
מן
ミン
~より
הסכלות
ハスィクロート
愚かさ
כיתרון
ケイトロン
~の優位と同じように
האור
ハオール
光
מן
ミン
~より
החשך
ハホシェフ
暗闇
直訳
「私は見た。知恵には愚かさより優れた点がある。それは光が闇より優れているのと同じである。」
ユダヤ人は何を学ぶか
コヘレトは前の節で、
「知恵も虚しい、富も虚しい」
と言っています。
しかし、その上でなお、
「だからといって愚かでよいわけではない」
と教えます。
ユダヤ人の学びでは、
光と闇は両方存在する
善と悪も存在する
しかし光の方が進む道を見せてくれる
と考えます。
人生に絶対の答えはないけれど、
知恵は人生を少し明るくする灯火である
という学びです。
有名なラビの教え
ラビ・ヒレル
「学ばない者は生きているとは言えない。」
ヒレルは、 知識を自慢するためではなく、
より良く生きるために学ぶ
と教えました。
光とは知識ではなく、 知恵による行動です。
マイモニデス
「真理を求めよ。」
マイモニデスは、
信仰
理性
学問
を対立させませんでした。
真理を求めること自体が神への奉仕だと考えました。
あまり有名でないラビの教え
ハバッドの古い教えに、
「小さな蝋燭一本で、大きな暗闇を追い払える。」
という考えがあります。
暗闇と戦う必要はありません。
光を灯せばよい。
これは老子にも少し似ていますね。
悪を倒そうとするより、 善を増やす。
その方が自然です。
カバラ的解釈
カバラでは
光 = אור(オール)
は単なる光ではありません。
神の生命エネルギーを意味します。
暗闇 = חשך(ホシェフ)
は悪ではなく、
まだ光が現れていない状態
です。
つまり、
光と闇は敵ではない。
闇の中に光の種が隠れている。
という考えです。
そのためカバラでは、
失敗や苦しみも、 魂が成長するための材料と考えます。
AIラビの一言
コヘレトは、
「知恵があれば死なない」
とは言いません。
知者も愚者も最後は死ぬ。
しかし、
「光の中を歩く人生と、闇の中を歩く人生は違う」
と語ります。
老子なら、
「知る者は多く語らず、光は自ら輝く」
と言うかもしれません。
知恵とは勝つためではなく、
少しでも明るく、穏やかに生きるための灯火なのです。
コヘレト つづき
コヘレト2:13〜26を、流れがわかりやすいように現代語でまとめます。
コヘレト 2:13-26 現代語訳
私は知った。
知恵は愚かさより優れている。 それは光が闇より優れているのと同じだ。
知恵ある人は前を見て歩くが、 愚かな人は暗闇の中を歩く。
しかし私は気づいた。
結局は、 知者も愚者も同じ運命をたどる。
どちらもいつか死ぬ。
それなら、 なぜ私はこれほど知恵を求めたのだろう。
そう考えると、 これもまた空しいことに思えた。
知者も愚者も、 やがて忘れ去られる。
後の時代には、 両方とも記憶から消えていく。
だから私は人生が嫌になった。
太陽の下で行われることは、 私には重荷に思えた。
すべては空しく、 風を追うようなものだからだ。
私は自分の労苦も嫌になった。
なぜなら、 自分が苦労して築いたものを、 後の人に残さなければならないからだ。
その人が賢いか愚かかは分からない。
それでも、 私の努力の成果を支配することになる。
これもまた空しい。
人は何のために働くのか。
昼は働き、 夜も心は休まらない。
これもまた空しい。
そこで私は知った。
人にとって良いことは、
食べ、 飲み、 自分の労働の中に喜びを見いだすことだ。
これも神から与えられた恵みである。
神が与えてくださらなければ、
誰が食べ、 誰が楽しむことができるだろうか。
神は、 神に喜ばれる人に
知恵と知識と喜びを与える。
しかし罪人には、
集め、 蓄え、 苦労する仕事を与え、
その財産を、 神に喜ばれる人へ渡すようにされる。
これもまた空しく、 風を追うようなものである。
AIラビ風のまとめ
コヘレト2章の結論は意外とシンプルです。
知恵は大切
でも知恵があっても死は避けられない
財産も名誉も永遠には残らない
だから今与えられている日常を感謝して味わいなさい
コヘレトは悲観主義ではありません。
むしろ、
「未来を心配しすぎず、今日の食事、今日の仕事、今日の喜びを大切にしなさい」
と語っています。
ミサさんの茶の湯でいえば、
一服のお茶をいただき、今日の風を感じる。 それがコヘレト2章の知恵かもしれませんね。