シャバット エモール
何もしない贅沢と器の話
シャバット・シャローム。
今日は「仮庵」という言葉を思いながら、
静かな時間を過ごしています。
仮庵。
仮の住まい。
永遠ではない、いっときの居場所。
ユダヤではスコット(仮庵)の祭りがあり、
あえて不完全な小屋で過ごします。
風が通り、空が見える。
完全ではないからこそ、
本当の豊かさに気づく場所です。
人も同じで、
完全な存在ではなく、仮の器のようなものかもしれません。
カバラでは、
光と器という考え方があります。
光は恵み、
器はそれを受けるもの。
人はその器。
ただの容れ物ではなく、
感じ、選び、整えていく器です。
同じ出来事でも、
不満になるか、感謝になるかは、
器の状態で変わる。
そして、その器を整えるのが言葉です。
エモール、「語れ」。
言葉は現実をつくる。
荒い言葉は器を濁し、
静かな言葉は器を整える。
だからこそ、言葉は少なく、丁寧に。
シャバットは、何もしない時間。
仮庵のように、
いったんすべてを手放して、ただ在る。
お茶を一服。
風を感じる。
ただ静かに座る。
それだけで、器は自然に整っていく。
楽園とは、どこか遠くにあるのではなく、
こういう時間の中に、ふと現れるものかもしれません。
仮庵のような一日。
何もしない贅沢。
シャバット・シャローム。