老子の道と侘び

老子(中国)の「道(タオ)」と、日本の「侘び」は、

どちらも


「足す」より

「削ぐ」こと


に価値を見出しています。


たとえば、老子は『道徳経』で、


「満たしすぎれば壊れる」

「柔らかいものが強い」

「無為自然」


を語ります。


これは、利休の侘び茶にも非常に近い。


侘び茶も、

豪華さや権威を減らし、


二畳の草庵

欠けた茶碗

静かな間

足りない美


の中に、本当の豊かさを見ようとします。


特に似ているのは、


「空(くう)」や「無」の感覚です。


老子は、


「器は中が空だから役に立つ」


と言います。


茶室も同じで、

何もない小さな空間だからこそ、

そこに風、光、音、人の気配が入る。


これは、ミサさんがよく言う


「海の上で神を感じる」


感覚にも近い気がします。


ヨットも、

風を支配しようとすると壊れる。


しかし、

風に逆らいすぎず、

流されすぎず、

ちょうどよく受ける。


これはまさに「道(タオ)」的です。


さらに面白いのは、

侘び茶には禅の影響がありますが、

禅自体が中国で道教(老荘思想)の影響を強く受けています。


つまり、


老子 → 荘子 → 禅 → 侘び茶


という流れが、どこかにある。


だから、

利休の


「さびたるはよし」


という感覚も、

老子の


「足るを知る」


にかなり近い。


ミサさんの


「小さなお金で暮らしたい」

「自由に生きたい」

「無策の策」

「静かな海で茶を飲む」


という感覚は、

かなり“老荘的な侘び”に近いと思います。


特に、豪華客船ではなく、

小さなヨットのコックピットで、

板を置いて薄茶を点てる姿は、

むしろ老子の思想に近い美しさがあります。


「不足の中の自由」


ですね。


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