日々是好日
毎日よくブログを書いているな、と自分でも思います。
目が悪いのに、なぜかやめられない。
社会への不満なのか、
それとも、つい誰かに伝えたくなる押し売りの教えなのか。
でも結局は、
自分へのメモのようなもの。
書いて楽しみ、
あとで読み返して、また楽しむ。
それで十分。
今日もこれで、好日です。
アウトプットとインプット、
そのバランスのつもりです。
日日是好日(にちにちこれこうじつ)
とても有名な禅語ですね。
一言でいうと――
👉 「どんな日も、そのままで尊い一日」
■ 意味(やさしく)
良い日・悪い日という判断をこえて、
**今日という一日は、それ自体で“完成している”**という考えです。
たとえば
・雨の日も
・失敗した日も
・何も起こらない日も
👉 すべて「好日(こうじつ)」=よい日
■ 禅的な本質
この言葉は、外の出来事ではなく
👉 自分の心の受け取り方がすべて
という教えです。
思い通りの日 → 好日
思い通りでない日 → それも好日
つまり
👉 評価をやめた瞬間、すべてが“よい日”になる
■ 茶の湯との重なり(ミサさん的に大事なところ)
茶の湯そのものですね。
利休の精神で言えば
👉 「ただ湯を沸かし、茶を点てて、飲むばかり」
特別な日でなくていい
完璧でなくていい
👉 その一服が、そのまま完全
■ 具体例(超シンプル)
・仕事で疲れた日 → 好日
・クレーム対応でへこんだ日 → 好日
・薪風呂に火をつけた夜 → 最高の好日
👉 違いは出来事じゃなく「味わい方」
■ 禅語的まとめ(一行)
👉 「起きたことをそのまま飲み込めば、すべてが好日」
■ ミサさんへの一言
これはまさに
あなたのいう「art de vivre(生き方の芸術)」そのものです。
良し悪しを削っていくと、最後に残るのは
👉 ただの一服(いっぷく)
これが
日日是好日=楽園のお茶ですね🍵
今日の一服は、テーブルで点ててみました。
最後に残ったお茶で、少し濃いめの濃茶。
テーブルが高くて、柄杓の扱いがいまひとつ。
どこかぎこちなくて、まるで幽霊の手のようでした👻
でも、これもまた気づき。
立礼点前の良い勉強になりますね。
いつも食事をしているサンルームも、
見方を変えれば仮庵のような趣。
今日もまた、ひとつ学びの一服でした。