つらいとき、自分はイスラエルの教えに立ち返ります。
仏教や禅にも深い感動はありますが、
ラビの言葉やタルムードの教えには、より具体的で現実に根ざした納得があります。
机上の理屈ではなく、
生きる上でどう向き合うかを、はっきり示してくれるところに惹かれます。
今日は、そのユダヤ教の教えについてです。
ユダヤ、イスラエルという言葉に抵抗のある方は、お避けください。
◆ 死
(ラビ・トケイヤー先生の教えより)
港に、二隻の船があります。
一隻はこれから出港しようとしている船、
もう一隻は長い航海を終えて帰ってきた船です。
人は多くの場合、出ていく船を盛大に見送ります。
しかし、戻ってくる船を迎えることには、あまり関心を向けません。
けれどもタルムードでは、これは少しおかしなことだと教えています。
これから出ていく船の未来は分かりません。
嵐に遭い、沈んでしまうかもしれません。
一方で、長い航海を終えて無事に帰ってきた船には、
大きな意味があります。
それは、その船がひとつの役目を果たし終えたからです。
人生も同じです。
人が生まれたとき、私たちは祝福します。
しかしその人生がどうなるかは、その時には分かりません。
けれども人生を終えるときには、
その人がどのように生きてきたのかがすでに現れているからこそ、
そのときにこそ祝福すべきなのかもしれません。
◆ 愛情
(ラビ・トケイヤー先生の教えより)
この世界には、12の強いものがあるといわれています。
石は鉄によって削られ、
鉄は火によって溶かされます。
火は水によって消され、
水は雲に吸収されます。
雲は風に吹き飛ばされますが、
その風でも人間を完全に支配することはできません。
しかし人間もまた、恐怖によって打ち砕かれることがあります。
その恐怖は酒によってやわらぎ、
酒の酔いは睡眠によって覚めます。
けれども睡眠も永遠ではなく、
やがて人は死を迎えます。
このように、すべてのものは、より強いものによって乗り越えられていきます。
しかし最後に残るものがあります。
それが愛です。
死さえも、愛に勝つことはできないと教えられています。
この教えに触れると、
アルベルト・アインシュタインが娘に宛てた「愛についての手紙」を思い出します。
その中で彼は、
愛こそが人間を結びつける最も強い力であり、
まだ科学では十分に解明されていない力である、と語っています。
理性や力を超えて、なお人と人をつなぎ続けるもの。
それが愛なのではないでしょうか。
今日の禅語  生死一如
一言
「死も愛も、分けるものではなく、一つの流れ」






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