ミシュナ アボット 3:15

石川耕一郎訳
いっさいのことは予見されている。しかし自由意志は与えられている。世界は善行にしたがって審かれる。
いっさいは行為の多寡にかかっている。

^_^    久しぶりにミシュナを開きました。感動します。多寡が読めなくて、疑問になりました。
多寡の意味は多少のようです。

ג,יח  [טו] הכול צפוי, והרשות נתונה; ובטוב העולם נידון.  והכול לפי רוב המעשה, אבל לא על פי המעשה.

Google翻訳   すべてが予測可能であり、権限が与えられています。 そして、世界のために私たちは運命にあります。 そして、すべては行為の大部分に従っていますが、行為に従ってはいません。

נידון        議論される   
石川先生は議論を審ばかれると解釈したようです。
裁判の基本は議論です、国会で法律を決めて一方的に裁くなという教えですね。

自由意志のヘブライ語を見つけられません?  ובטוב   よい⁉️
自分の解釈では、この自由意志が精神、魂、霊です。 人は同じ右脳・左脳の作りでも意志は人によって違うんですよね。excuse  似ている人はいるけど、類は友を呼ぶ、同じ穴のカエルですね🐸。

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