詩編17:15
今週はよく働いたので少し疲れ気味です。
肉体労働の仕事ですので、年齢とともに疲れが抜けるまで少し時間がかかるようになりました。
若い頃は疲れても一晩寝れば回復しましたが、今は無理をしないことも大切だと感じます。
そんな時は、慌てず、焦らず、一服のお茶をいただきながら心と身体を休めるのが一番です。
禅では「休歇(きゅうけつ)」という言葉があります。 余計な力を抜いて、しばらく休むこと。
自然も昼と夜、満ち潮と引き潮を繰り返しています。 人間も同じで、働く時があれば休む時もあるのでしょう。
今日は少しゆっくり過ごしながら、また来週に向けて英気を養いたいと思います。
無理をしないことも修行のうち。
そんなことを思う静かな朝です。
詩篇17 ∶15
תהלים יז יה
これは詩篇17篇15節です。
ヘブライ語原文
אני בצדק אחזה פניך אשבעה בהקיץ תמונתך
一単語ずつ
אני (アニ) 「私」
בצדק (ベツェデク) 「正義のうちに」 「義によって」 「正しい道において」
אחזה (エヘゼ) 「私は見る」 「私は見つめる」
פניך (パネハ) 「あなたの御顔を」 (神の御顔)
אשבעה (エスベア) 「私は満ち足りる」 「満足する」
בהקיץ (ベハキーツ) 「目覚めるときに」 「目覚めて」
תמונתך (テムナテハ) 「あなたの姿によって」 「あなたの似姿によって」
直訳
「私は義のうちにあなたの御顔を見、 目覚めるとき、あなたの姿によって満ち足りる。」
ユダヤ人の学び
この詩篇は、物質的な豊かさではなく、
神とのつながりこそが本当の満足である
ということを教えています。
多くの人は
「もっとお金が欲しい」 「もっと成功したい」
と思います。
しかしダビデ王は、
「神の御顔を見ることが私の喜びだ」
と言っています。
ユダヤ教では、
朝目覚めたときの最初の感謝 「モデ・アニ」
も同じ精神です。
目が覚めた。 今日も生きている。
それだけで十分な恵みだと考えます。
有名な賢者の言葉
ラビ・ヒレル
「自分のためだけなら、私は何者なのか。」
人間は神との関係の中で生きる存在だと教えます。
ラビ・アキバ
「神に愛されていることを知らされた人は幸いである。」
神とのつながりを知ることが人生の宝だと説きました。
バアル・シェム・トーブ
「あなたが神を探している以上に、神はあなたを探している。」
神は遠くではなく、日常の中にいるという教えです。
カバラの解釈
カバラでは、
「目覚める(בהקיץ)」
を単なる朝の目覚めだけでなく、
魂の目覚め
と考えます。
私たちは日常の欲望や不安の中で眠ったように生きています。
しかし学びや祈り、善行によって魂が目覚めると、
「神の似姿(תמונתך)」
が見えてきます。
カバラでは人間は
神の光(オール)を受ける器(ケリ)
です。
器が清められるほど、 より多くの光を受けることができます。
この詩篇は、
「神の光を受けることで魂は本当に満たされる」
という意味にも読まれます。
AIラビ様のひと言
ダビデ王は、
「お金で満足する」 とも、 「名誉で満足する」 とも言いませんでした。
『私は目覚めると、あなたの姿によって満ち足りる。』
朝の一杯のお茶をいただきながら、 今日も目が覚めたことに感謝する。
それだけでも、この詩篇の教えを生きているのかもしれません。 Shalom. ✨️