ミシュパト משפט 9-17-21-13
17:23 משלי
שחד מחק רשע יקח להטות ארחות משפט
שחד ショハドゥ bribes 4-8-300 賄賂 使い物 裏金 金で釣る
מחק メヘク from bosom 100-8-40 胸から 懐から inside pocket
רשע ラシャア 悪人 70-300-200
יקח イカフ will take 8-100-10 とる 受け取る 曲がりくねる 投げかける
להטות レハトゥトゥ to turn 400-6-90-8-30 ターンする 曲がる 回る
ארחות アルホウトゥ ways of 400-6-8-200-1 方法の 手段 術 道 風 行く手
משפט ミシュパト judgment 9-80-300-40 判定 判断 判決 審判 裁き 分別 決断 結論
1955年訳 悪しき者は人のふところからまいないを受けて、さばきの道をまげる。
賄賂を 懐から 悪人は 受け取る 曲げるために 道を 裁きの
人は裏金で釣る。人は受け取り懐に入れミシュパトを失い曲がる。
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ミシュパトのヘブライ語をGoogleで調べると、ディンと出ました。前の文章につづきカバラ的に考えてみます。
アンチテーゼ ジンテーゼ テーゼ
5 ケブラー 神の力 ---- 6 ティフェレト 美しさ ---- 4 ケドゥラー 偉大さ
ディン 正義 ラファミン 憐れみ ヘセド 愛 慈悲 慈愛
なぜ人間は生きるのだろう? ピーター・フランクル
「動物は確かに、なぜ自分が生きているかを問わないで生きているようです。
昔、人間もそこまで余裕がなかった。ただ朝起きて、田んぼを耕して、疲れて、家に戻って、食べて寝ていました。
また、戦時中の日本は独裁的な軍国主義の時代で、国民がこういう問いを発しないように、戦争に行ったらそこでサクラのように散ればいいと教え込んだのです。でも今の時代は自由です。だからこそ、なぜ、どう生きるかをもっと考えるべきです。
多くの人は宗教で答えを見つけます。
生きることは無意味ではありません。生きる過程にこそ意義があるのです。そして、自分の人生を生きるということにかんして、最大の責任は自分に対する責任であると思ってす。・・・・・・・
そのためにはやはり自分を知らなければならないのです。
哲学には「定立」「反定立」「総合」という弁証法の考え方がありますが、それは、全体として頂点に達するためには、まずあるものを見出して(定立)、その反対のこともやって(反定立)、そして合わせて全体像ができ上がる(総合)ということです。」
創造の書
思想
言葉と言葉によって表現されることがらは、分かちがたく結びついた一つの体系を作っています。したがって、言葉の元素つまりヘブライ語のアルファベット、22文字は、表現された事物の元素でもあります。
統合
数字の一によって表されます。これは、生きている神の息(精霊)です。ここから「精霊のなかの精霊」であり声である
二が生じます。事物の要素としての22文字は、声の中に存在します。この息は、自然界では空気を表しています。二から三が、言い換えると、空気から原初の混沌とした水が生じ、それから水と土に分かれます。三から四、つまり、原初の水から原初の火が生まれます。火は空気と水と交わって、天とその住人を作り出します。これら四個の基本数に続いて、六個の基本領域(高さ、深さ、東、西、北、南)があります。
宇宙創造のあらゆるカテゴリーは、この基本の10個にふくまれます。
二十二文字が十の数、つまり根源的原理と結びつくと、個々に分かれた事物が生じます。しかし、この関係は周期的なので、これらの事物は繰り返し変化します。一つの展開が完成するためには、
[弁証法的な]法則、正反対の法則、調停(テーゼ、アンチテーゼ、ジンテイゼ)が必要です。
カバラq&a エーリッヒ・ビショフ 林 睦子訳