2016年10月2日日曜日

生と死の選択

どうか命を選んでください。そうすればあなたとあなたの子孫は生きながらえることができるであろう。   申命記30-19

これについてユダヤ系精神分析学者のエーリッヒ・フロムは次のことを言っている。
「自殺するような場合を除いて、人はどうして生と死とを選択することができようか。だから聖書本文が言っているのは生物学上の生死ではなく、原則と価値としての生死のことではないだろうか。」
生きているとは成長し、反応し、進歩していることを意味する。死んでいるとは(たとえ生物学的に生きていても)、成長がとまり、化石化し、生命を失った物体になることを指す。多くの人は、この観点に立った生死の選択をないがしろにしている。
したがって生でもない死でもないどっちつかずの生活をしている人は、体は生きていても魂は死んだも同然だ。まず、命を選ぶことなしには、愛とか自由とか真理がない。また、命なしには神を愛することもできない。なぜなら、詩篇の作者が書いているように、「死んだ人々は神をほめ讃えることができない」(詩篇6-5)からである。  ラビ   ビンハス

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成長    反応    進歩が生きていることですね。



  1. 生体が、刺激を受けた結果として変化や活動を起こすこと。
  2.     二種以上の物質の間に化学的変化が起こること