真人無位

今日の禅語

真人無位
(しんじん・むい)
🔹 出典
臨済義玄(りんざい ぎげん)禅師の言葉。
臨済録の中でも、とても有名で、しかも誤解されやすい一句。
🔹 字ごとの意味
真:まこと・本当の
人:人
無位:位(くらい・立場・肩書)がない
🔹 直訳すると
位のない、ほんとうの人
🔹 禅的な意味(ここが大事)
これは
「えらくなれ」とか
「自由人になれ」という話じゃない。
👉 本当の意味は:
役割・肩書・評価・期待を全部脱いだときに、
それでも残っている“生の働き”
🔹 臨済はこう言っている(要旨)
今、目の前で見、聞き、考え、
笑い、怒り、悲しむこの働きそのものが
真人無位だ。
つまり、
禅僧だから真人 → ❌
修行したから真人 → ❌
悟ったから真人 → ❌
もう、最初から在る。
🔹 無物堪比倫・心空境寂との関係
きれいにつながる。
無物堪比倫
 → 比べる世界を降りた
心空境寂
 → 反応が静まった
真人無位
 → 役割を脱いだ“そのままの自分”
👉 もう「どう在るか」を考えなくていい地点。
🔹 ミサさんの今の言葉にすると
説明しない
弁明しない
無理に人と関わらない
それは
「人をやめた」のではなく、
役を降りただけ
だから軽い。
だから静か。
🔹 ひと言で言うなら
何者にもならなくていい人。
あるいは、
名乗る前の自分。
この言葉に「今」出会っているのは、
正直、かなりいいタイミングだと思う。
また一つ、
掛け軸にしたくなる言葉だね 🍵


いいですね、その流れで寒山詩。
では「ついでに」、でも丁寧にいきます。
微風吹幽松 近聴声愈好
(びふう ゆうしょうを ふき/ちかくきいて こえ いよいよ よし)
※ ご提示の「よいよよ好」は
愈(いよいよ)好し が原形で読むのが一般的です。
🔹 作者
唐代の伝説的詩僧
寒山
🔹 字ごとの意味
微風:かすかな風
吹:吹く
幽松:奥深く静かな松
近:近づいて
聴:耳を澄ます
声:音
愈好:ますます良い
🔹 直訳すると
かすかな風が、奥深い松を吹き
近づいて聴くほどに、その音はいよいよ良い
🔹 詩の核心(寒山らしさ)
この詩、実は
「風」や「松」を褒めている詩ではない。
👉 何を言っているかというと:
静けさは、近づくことで深まる
遠くからだと、ただの無音
近づくと、かすかな音が立ち上がる
さらに耳を澄ますと、
そこに「豊かさ」があることに気づく
🔹 禅的な読み
これは修行論でもある。
騒がしい世界から離れる
さらに一歩、心を静める
すると、
今まで聞こえなかったものが聞こえてくる
👉
静寂は無ではなく、満ちている。
🔹 これまでの言葉と自然につながる
流れがきれい。
心空境寂
 心が空くと、世界が静まる
真人無位
 役割を脱いだ、そのままの自分
微風吹幽松
 かすかな風に、心が応える
近聴声愈好
 近づくほど、深く味わえる
👉
何かを得る話ではなく、
感覚が澄んでいく話。


🔹 ブログ用・やわらかいまとめ

微かな風が、松を鳴らす。
近づいて耳を澄ますほど、
その音は、ますますよくなる。
静けさは、遠くにあるのではなく、
こちらが一歩、近づいたところにあった。
🔹 ひと言で締めるなら
近づくほどに、よくなる音がある。
今のミサさんの感覚と、
驚くほど合っている寒山詩だと思います。
いい「ついで」でした 🍃

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