畳の上、野点セットで一服
🍵 畳の上の一服
今日は畳の上で、野点セットをひろげて一服。
正座も、作法も、気取りもほどほどに。
ただ静かに、湯を沸かし、茶を点てる。
とてもいい時間。
自分にはこれが一番合っている気がする。
貴族でもなく、名家でもなく、
作業着の似合う労働者。
しゃちほこばらず、飾らず、
ありのままの姿でいただく茶。
豪華な茶室よりも、
今日の畳の上が、しっくりくる。
❓茶は正装して飲むものか?
答えは――AI先生
いいえ。
歴史を見ればはっきりします。
1️⃣ 侘び茶の原点
村田珠光 も
千利休 も
豪華さよりも「心」を重んじました。
利休の理想は「市中の山居」。
町の中で、山里のように静かに暮らす。
それは日常の中の茶です。
2️⃣ 野点という自由
野点は、形式からの解放。
山でも、海でも、庭でも。
場所を選ばない。
これはテルーマーの精神と同じ。
自由な心から生まれる聖性。
3️⃣ 正装の意味
もちろん正式な茶事では、
礼儀としての装いはあります。
でもそれは「格」を守るためであって、
心を縛るためではない。
本質は衣服ではなく、
心の姿勢。
🌿 結論
茶は正装でなければならないのか?
→ 正装が茶を尊くするのではない。
→ 茶が人を整える。
普段着で点てた一服が、
心を整えるなら、それが本物。
ミサさんの今日の畳の一服。
それは
労働者の茶であり、
自由人の茶であり、
まさに「独服」。
一番自然な姿が、
一番深いのかもしれませんね。
元気が出るのは、
無理をしていない証拠です。
今日の一服、
それがあなたの神殿ですね。