野点 一服でいきかえる



野点 一服でいきかえる
仕事の合間、車の中で茶を点てました。
せまい車内。
お菓子は、近くのファミマで買った月餅まんじゅう。
まんじゅうを食べ、
湯気の立つ茶をすする。
うまい。
景色が特別いいわけでもない。
茶室でもない。
むしろ環境は決して良くない。
だからこそ、
茶の味だけがくっきりと立ち上がる。
その時間が、妙に尊い。
ふたりで感動していると、
かみさんがぽつりと言いました。
「一服すると“いきかえる”って言うけど、
エデンの園で神さまがアダムに息を吹き入れた話と、
どこかつながっている気がする」
その一言で、
私は創世記の場面を思い出しました。
📖 創世記2章7節
神は土から人を形づくり、
その鼻に命の息を吹き入れられた。
すると人は生きるものとなった。
ヘブライ語では
נִשְׁמַת חַיִּים(ニシュマト・ハイーム)=命の息
さらに
רוּחַ(ルアハ)=風・霊・息
風も霊も呼吸も、同じ言葉。
息とは、
神と人をつなぐ見えない通路。
車の中での一服。
背筋が伸び、
自然と呼吸がゆっくりになる。
吸って、吐く。
それだけで、
乱れていた心が整っていく。
「いきかえる」という感覚。
それは気分の問題ではなく、
命がもう一度、きちんと働き始める瞬間なのかもしれません。
創世記では、
土(アダマ)+ 神の息 = 人(アダム)
茶の一碗もまた、
土(茶碗)
風(湯気)
そこに人の呼吸が入って、はじめて完成する。
命は、息が入ってこそ立ち上がる。
たとえ車の中でも、
そこが小さなエデンになる。
茶室でなくてもいい。
景色がよくなくてもいい。
高価な菓子でなくてもいい。
一服があれば、
人はもう一度、生き直せる。
一服は、命の再起動。
いい時間ですね。

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