art de viver
Art de vivre との出会い
「Art de vivre」という言葉を知ったのは、たしか30歳ごろのこと。
けれど今振り返ると、
その言葉に出会う前から、私はすでにその中を歩いていたのかもしれません。
京都出身の先輩の影響で、
エコール・ド・パリの絵画やクラシック音楽に惹かれはじめた若い頃。
新婚旅行は迷わず、ヨーロッパへのバックパッカーの旅を選びました。
ロンドンから西の港町プリマスへ。
そこからスペイン、フランス、イタリア、オーストリア、スイスへと、
約二か月のアートの旅。
前半はピカソをテーマに、
スペインとフランスの美術館を巡りました。
とくに心に残っているのは、
スペイン・マラガのピカソ美術館で出会った青の時代の作品。
あの青は、ただの色ではなかった。
静けさの奥にある深い感情。
そして何より、ピカソの圧倒的な描写力。
その“うまさ”に、素直に感動しました。
後半はモーツァルトの足跡を追う旅。
街を移動しながら、コンサートやオペラを聴いて歩きました。
中でも忘れられないのは、
ミラノ・スカラ座で観た『白鳥の湖』初日の公演。
あの空気。
スタッフの黒い衣装が印象的で、
いかにもイタリアらしい雰囲気の中、
静かに幕が上がっていく。
音楽と舞台がひとつになる瞬間の高揚。
今思えば、なんと贅沢な時間だったことでしょう。
日本はバブル最盛期。
国中が浮かれて贅沢をしていた時代。
私は缶コーヒーを我慢してお金を貯め、
この旅に出ました。
けれどそれは浪費ではなく、
「どう生きるか」を身体で学ぶ時間だったのだと思います。
アートを“鑑賞する”のではなく、
アートとともに暮らす感覚。
それが自然に、
私の中に「Art de vivre」として根づいていったのかもしれません。
PS
千利休居士は、もちろん Art de vivre という言葉は知らなかったと思います。
けれど振り返ると、
利休居士の茶の湯こそ、まさにそれだったのではないかと感じることがあります。
茶は単なる芸事ではなく、
茶人の生活そのもの。
一碗を点てること、
花を一輪入れること、
狭い草庵に身をかがめて入ること。
そこに芸術と生き方が重なっている。
それは贅沢ではなく、
削ぎ落とされた美。
日本人の美意識の結晶のようにも思えます。
Art de vivre――
言葉は違っても、
利休の茶の湯は「生きる芸術」そのものだったのではないでしょうか。