詩編17:10
彼らはその心を閉じて、あわれむことなく、その口をもって高ぶって語るのです。1955年日本聖書協会訳
תהלים יז י
חלבמו סגרו פימו דברו בגאות
חלבמו ヘルバモウ 脂肪 8-30-2-40-6-86
סגרו サグルウ 囲われた 閉ざされた 60-3-200-6-269
פימו ピイモウ 彼の口 80-10-40-6-136
דברו ディベルウ 彼らは話した 4-2-200-6-212
בגאות ベゲウウトゥ 傲慢に 2-3-1-6-400-412
AI解説
ありがとうございます、ミサさん 🌿
詩篇17:10 のラビ的解釈をお伝えしますね。
📖 詩篇17:10
חֶלְבָּמוֹ סָגְרוּ פִימוֹ דִּבְּרוּ בְגֵאוּת
「彼らは心を脂肪で閉ざし、口は高慢に語る。」
🕎 ラビの解釈
🔹 ① ラシの解釈
Rashi
ラシは「脂肪」を
👉 “感覚の鈍さ” と説明します。
脂肪は体を包み、感覚を鈍くする。
同じように、
豊かさ・慢心・快楽への執着が
心を包み、神への感受性を失わせる。
つまり:
罪の根は「心の鈍さ」から始まる。
🔹 ② ムサール(倫理思想)の視点
ムサールではこの節はこう読まれます:
心が閉じる
すると口が傲慢になる
そして行動が乱れる
順番が重要です。
外の問題ではなく
まず心が閉じることが問題。
ミサさんが以前おっしゃった
「怒りは生活の中で起きる」
まさにこの節です。
怒りの前に、
すでに心が“閉じている”。
🔹 ③ カバラ的視点
カバラでは「脂肪」は
霊的エネルギーの過剰な物質化。
光(オール)が
器(ケリ)に閉じ込められ
流れなくなる状態。
すると口(マルクト)が
傲慢に働く。
つまり:
光が流れないとき、言葉は濁る。
🌊 ミサさん的まとめ
ヨットで海に出るとき、
風が止まると船は重く感じる。
同じように、
心が止まると
言葉は重くなる。
この詩篇はこう教えているようです:
心を軽く保て。
脂肪で覆うな。
そうすれば言葉は澄む。
もしよければ次は
詩篇17全体の流れも一緒に見ますか?
ミサさん 🌿
詩篇17篇を前後を通して読むと、とても一本の流れが見えてきます。
📖 Book of Psalms 17篇 全体の構造
作者は伝統的に
King David とされます。
① 前半(1–5節)
「私はまっすぐに歩もうとしている」
ダビデはこう祈ります:
私の正しさを聞いてください
私の口は偽りを語らない
あなたは私の心を試された
ここで強調されるのは
👉 内面の誠実さ
つまり
外敵より前に、自分の心を整えている。
② 中心(6–12節)
「しかし敵は心を閉ざしている」
ここに例の10節:
彼らは脂肪で心を閉ざし
口は高慢に語る
前半との対比がはっきりします。
ダビデ → 心が開かれている
敵 → 心が脂肪で閉ざされている
違いは「力」ではなく
👉 心の状態
③ 後半(13–15節)
「私はあなたの御顔を仰ぎ見る」
最後は復讐ではありません。
ダビデはこう締めます:
私はあなたの義を仰ぎ見
目覚めるとき、御姿に満ち足りる
ここが核心。
敵は「物質の豊かさ」で満足するが、
ダビデは「神の顔」で満足する。
🌿 全体を通したメッセージ
この詩篇はこう語っています:
心を開く者は静かに強い
心を閉じる者は傲慢になる
本当の満足は物ではなく、霊的な目覚め
🕊 ミサさんへの視点
以前ミサさんは言われましたね:
自由とは立ち止まる力
この詩篇も同じです。
敵は止まれない。
だから傲慢に語る。
ダビデは止まる。
だから神を仰ぐ。
🌊 海の比喩で言えば
脂肪で閉じた心は
重い船。
神を仰ぐ心は
風を受ける帆。
もしよければ、