孤明歴々
今日の禅語
🕯️ 孤明歴々(こめい れきれき)—— ひとつの明かりが、ただそこに
ある禅語に、
**「孤明歴々(こめい れきれき)」**という言葉があります。
文字通りに訳せば、
**「孤(ひとつ)の明かりが、はっきりと、ただそこに在る」**という意味です。
蝋燭の灯りかもしれません。
月明かりかもしれません。
どこかの山寺の灯籠かもしれません。
周りは闇に包まれていても、
そのひとつの光だけは、消えることなく、確かにそこに在る。
それが「孤明歴々」。
この言葉を読んでいると、
心の奥にある「本当の自分」のようなものが思い浮かびます。
誰かに見せるための顔ではなく、
仕事や肩書きでもなく、
何かに飾られていない、静かな“私”という灯火。
たとえ外の世界がざわついていても、
ふとひとりになったとき、
その光は、歴々として——つまり、はっきりと、明瞭に——そこに在るのです。
茶の湯もまた、
この「孤明歴々」をあらわすひとときなのかもしれません。
誰かに評価されるための一服ではなく、
豪華な道具のための茶会でもない。
ただ、自分の心に灯りをともすように、
静かに、湯をわかし、茶を点て、
ひとときの光を味わう。
そこにあるのは、まさに孤明歴々の世界です。
外がどれだけ騒がしくても、
内なる灯火が、明るく、はっきりと、そこにあればよい。
茶を点てるとは、その光に耳をすますことかもしれません。