••••••• ••••••••• קהלת ••••••••• •••••••
ד יז שמר רגלך כאשר תלך אל בית האלהים וקרוב לשמע מתת הכסילים זבח כי אינם יודעים לעשות רע
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שמר
シェモル ガード ヘッジ 保護 守る
300-40-200-540
רגלך
ラグレハ あなたの足 歩
200-3-30-500-733
כאשר
カアシェル いつ なので 5w1h
20-1-300-200-521
תלך
テレフ あなたが行く 来る 歩く
400-30-500-930
אל
エル に へ
1-30-31
בית
ベイトゥ 家
2-10-400-412
האלהים
ハエロヒイム 神様
וקרוב
ベカロウブ and 近くに
6-100-200-6-2-314
לשמע
リシュモア リッスンモア? 聞く
30-300-40-70-440
מתת
ミテトゥ 提供するよりも 与える 置く セットする
40-400-400-840
הכסילים
ハケシイリイム the 愚か者 ども
5-20-60-10-30-10-600-735
זבח
ザバフ 犠牲 動物の肉
3-2-8-13
כי
キィ ビコーズ だれ なぜなら
20-10-30
אינם
エイナム しない
1-10-50-600-661
יודעים
ヨウデエイム 知っている
10-6-4-70-10-600-700
לעשות
ラアソウト する
רע
ラァ 悪い 悪 違う 間違い
200-70-270
^_^
神様(天)の家に行くあなたの足を守れ、そして愚か者は近くに犠牲を置き聞く、なぜなら飼われていることを知らない。
伝道の書5:1 1955年日本聖書協会訳
神の宮に行く時には、その足を慎むがよい。近よって聞くのは愚かな者の犠牲をささげるのにまさる。彼らは悪を行っていることを知らないからである。
☺️
ラァをハロエィに例えて解釈みました。ペナルティですかね?
ハガダーにソロモン王は別世界を彷徨ったと読んだ記憶があります。
コヘレト を哲学として日本語で読んでいては理解できませんが、
ヘブライ語でカバラ的神学として読むと別の解釈や比喩があるように思います。
創世記48:15
בראשית מח יה
ויברך את יוסף ויאמר האלהים אשר התהלכו עבתי לפניו אברהם ויצחק האלהים הרעה אתי מעודי עד היום הזה
彼ヤコブ・イスラエルはヨセフを祝福していった。わたしの先祖アブラハムとイサクは神の前で生き歩んだ。神はわたしを飼う方、わたしの生きる初めから今日まで。
現在 聖書協会訳
そして、ヨセフを祝福して言った。「わたしの先祖アブラハムとイサクがそのみ前に歩んだ神よ。私の生命を今日まで導かれた牧者なる神よ。
question
הרעה ハロエェ 飼うもの 牧者
רע 悪ではないか?