イスラエル 祈り
イスラエル教 基礎 (おしえ) ラビ ミルトン 先生より
祈り
祈りが有効であるためには、不可能なことを求めてはならない。そのような祈りについて、タルムード が二つの例をもって説明している。
・妻がもうすぐ赤ん坊を生むというと男は、「妻が出産する子供が男の子(あるいは女の子)でありますように」と祈ってはならない。このような祈りは無意味であるとラビたちはいう。生まれる前の胎児でも実際は、すでに男の子か女の子か決まっているからだ。
・また、もう一つ、ラビたちが厳しく戒めるのは、火事の警報を街中で聞いたときに、人は「わたしの家が大火事になりませんように」と祈ってはならないということだ。
その理由は二つある。第一に、そのような祈りは実質的に、不幸が他人に降りかかることを願うものである。それは非道徳的である。
そして、第二に、火事がすでにどこかで起こっているからだ。
🔴要するに、人は事実を事実でなくなるように祈ってはならない。
祈りは、清い手を持っ者あるいは清くありたいと強く願う者によって、なされなければならない。自分の家の中に貧しい者から略奪したものを隠しておきながら神に近づこうとしたり、祈りが終わればまた罪を犯そうと計画しながら罪の赦しを乞うたりというのは許されない。
^_^
自分はつつましい生活をしているので、失っても受け止められると思います。
(というかあまり失うものがないかな)
感謝、生きていることに感謝です。
平安の祈り
イサァ アドナイ パナブ エレハ ベヤセム レハ シャロウム
ישא יי פניו אליך וישם לך שלום
民数記 6:26
1955年訳
願わくは主がみ顔をあなたに向け、あなたに平安を賜わるように