光輝の書 レビ記 16:15 以下 贖罪の日の雄山羊 ソロモンの三書
זהר Ⅲ.fol.63b.-64b
ラビ シモンが次の文を引いて話はじめた。「疲れた人への冷たい水、遠い国からのよい便り」箴言25:25
ソロモン王の言葉を考えてみると、どれもみな英知をもって語られています。ごらんなさい。
ソロモンは三書を世に送りました。みな上の叡智で[書かれています]。雅歌は「英知」に、コヘレトは「見分ける分別」に、箴言は「認識」にあたります。(解説 雅歌はカバラーの解釈では神秘的な秘密を含んでいる。コヘレトは否定でつらぬかれた、箴言の書は深く考えられた人生の知恵というのが最もふさわしい。)・・・・・・
しかし「箴言」が「認識」に一致するというのは何をもってわかるのでしょうか。その中の全ての文は両義性を含んでいます。始めと終わりが意味の両面として現れています。またよく見ると、文と文がたがいに入り混じっています。そんなふうにしてあらゆることが「認識」にしたがって慎重に考察されています。そこではまた始めと終わりがどうもおたがいに合わないようです。一方が他方に含まれていて、終わりから始めへ進んでいるのか、始めから終わりへ進んでいるのかわかりません。「疲れた人への冷たい水、遠い国からのよい便り」・・・・・・・・・
ゾーハル カバラーの聖典 エルンスト ミラー 編訳 石丸昭二訳 法政大学出版局より
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久しぶりに油壺に行き、船の上で揺られてきました。連休ボケで集中できません。