悪について
Basic Judaism ミルトン・スタインバーグ著 ミルトス訳 より
イスラエルが悪をどう考え、人はどう対処すべきか、イスラエルのラビの意見を述べる。「悪(evil)の概念は、自然の災害、病気や事故などの災厄を含む広い意味を含むことを、注記しておく。
神の向こうに、悪が影を投げかける。
神が「存在する」ならば、なぜこの世は良くならないのか?これではこの世は善の業ではなく、悪魔の計略のように思えてしまうではないか?
イスラエルにおいては、これらの厳しい問いは、神の信仰自体と同じくらい歴史が長い。
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1.道徳的な側面から・・・・
●悪(災い)とは、それが訪れる個人が、以前に犯した罪の結果である。先立つ罪が見落とされていたり、その後の展開と関係がなかったりすると、罪の結果などとは思えない場合があるが、それはやはり懲罰なのである。
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●悪とは、人間が道徳的な存在になるために必要なものである。もしも悪が存在しなければ、人間はいかにして善を選ぶことができようか?
●悪がなければ善もないという意味で、悪は存在しなければならない。さもないと、仮に善が存在したとしても、比較対照するものがなければ、気づかずに終わってしまう。
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2.形而上学的な・・・・・・けいじじょう
●悪は、それ自体が存在するものではなく、善の欠如に過ぎない。
●悪が悪に見えるのは、それだけを孤立して見たり、部分的にしか見ないからである。
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3.悪をあくまでも一時的なものと見なし、最後には乗り越え、償うことができるよう定められたものだと説明する理論がある。
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4.最後に、悪とは不可解な、解明不能な謎であり、その答えは神のみぞ知るという理論がある。
これはヨブ記の結末がもたらす教訓である。すなわち、ヨブは自分の口に手をあて、悔恨と自分の無知の告白を行なった。これは、次のあるラビの警句と同じ趣旨である、
「悪しき者の安秦と、義人の受難を説明することは、我らの力に及ばない」
・・・・・・・個々のイスラエル人はこれらの中から気に入ったものを選び、自分にあった答え(一つあるいは複数のくみあわせ)を、自分のものにしていく自由があるのだ。
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まだ自分のものになっていないですね。