箴言カレンダー 28:13
勝村弘也編著 より
「自分の罪を覆い隠す者は、成功しない。だがそれを告白して捨てる者は、憐れみを受ける。
自分の重大な過失に気づいていながら、それを隠そうとしますと、いつそれがばれてしまうかと不安になります。そしてついにその時が、予期もしない時にやって来るとあわて
惑います。そうです、さっさと罪を告白した方が楽なのです。
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מכסה メハセー 覆い隠すものは
פשעיו フェシャアブ 彼の罪を
לא ロー しない
יצליח ヤツリーハ 成功
ומודה ウモデー しかし告白するもの
ועזב ベオゼブ そして捨てる者は
ירחם イエルハム 憐れまれる
「罪を覆い隠す者は成功しない/告白して捨てる者は憐れまれる」
ゆるしの反対、まづ天にむかつて告白して反省すること、そして他人を恨まず許すことですかね。
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キリスト教徒は教会で懺悔。
ユダヤ教徒はシナゴーグで。
自分はどこの宗教にも属していないので天に向かってです。
20代ではヨットと仕事に夢中になっていました。右脳でヨット左脳で仕事と。
30代では大西洋横断レースに出ることに夢中で、生きる意義を考え続けました。
答えはピーター・フランクルさんと同じです。
その後仕事をしながら、世界一周レースを目指しましたが、去年一度休むことにして現在に至り聖書を読み始め、宗教を学ぶようになり、仏教も少しづつ理解できています。
実家には仏壇があり、高野山のお坊さんが拝みに来ますので仏教徒だと思いますが、親からはいっさい宗教的な教えは受けていません。生まれた時から宗教の自由があったといえば、自由な人生と勘違いしそうですが、聖書を読み学んだことは、自由とは十戒を守ることだと知りました。
ピーターさんのいうように、まさしく自分のお祖父さん2人は戦場で戦死しています。
ピーター・フランクルさんの本が目に入り少し考えてみました。
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なぜ人間は生きるのだろう? ピーター・フランクル
「動物は確かに、なぜ自分が生きているかを問わないで生きているようです。
昔、人間もそこまで余裕がなかった。ただ朝起きて、田んぼを耕して、疲れて、家に戻って、食べて寝ていました。
また、戦時中の日本は独裁的な軍国主義の時代で、国民がこういう問いを発しないように、戦争に行ったらそこでサクラのように散ればいいと教え込んだのです。でも今の時代は自由です。だからこそ、なぜ、どう生きるかをもっと考えるべきです。
多くの人は宗教で答えを見つけます。
生きることは無意味ではありません。生きる過程にこそ意義があるのです。そして、自分の人生を生きるということにかんして、最大の責任は自分に対する責任であると思ってす。・・・・・・・
そのためにはやはり自分を知らなければならないのです。
哲学には「定立」「反定立」「総合」という弁証法の考え方がありますが、それは、全体として頂点に達するためには、まずあるものを見出して(定立)、その反対のこともやって(反定立)、そして合わせて全体像ができ上がる(総合)ということです。」