זהר 喜びの完成
Ⅲ.foi.8a-b p384
つらさと悲しみのうちに、どうやって喜びと歓びの声にたどりつけばよいのでしょうか。
これについてわたしはこんな秘密を知りました。
人は祈祷を行うとき、いつも二つの門の寸法を通り抜けねばなりません。
これについて、「わたしの入り口の柱を守る」箴言8.34)といわれていますが、これは二つの入り口です。二つの門の寸法が語られるとき、そのなかには「門たち、頭を上げよ」(詩篇24.7)というダビデの言葉の説明が隠されています。
それは「住まい」(オーマーン)とか「場所」(マーコーン)と呼ばれている門で、たがいにつながっています。世界の入口である「愛」と「畏れ」の段階に入る入口なのです。
ラビ イエフダ エルンスト ミュラー訳 石丸 昭二訳
אשרי אדם שמע לי לשקד על דלתתי יום יום לשמר מזוזת פתחי
幸いだ 人は 聞く わたしに 見張るために ~を わたしの扉 日 日 守るために 柱を わたしの戸口の
わたしの言うことを聞き、日々わたしの門のかたわらでうかがい、わたしの戸口の柱のわきで待つ人は幸いである。
שאו שערים ראשיכם והנשאו פתחי עולם ויבוא מלך הכבוד
上げよ 門よ お前たちの頭を また上げられよ 扉よ 永遠の すると入る 王が 栄光の
門よ、こうべをあげよ。とこしえの戸よ、あがれ。栄光の王が入られる。
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はじめは畏敬のことだと考えました。でもメズーサのことシェマーの祈りのことですね。
畏敬これが知恵のはじまりで、人を恐れ敬うこと・・・・・・・・・・