全能の神 שדי
ラビ ヤンケルフィッシャー より
「わたしは無宗教です」というニッポン人に出会うことが多い。
そんな人に、「神を信じなさいよ」とすすめても、断られるだけである。
では彼がまったく無宗教かというと、そうでもない、「自動車には交通安全のお守りをぶら下げている。 「いやこれは気やすめでして。まあ、まさかの時は、ないよりもいいでしょう」とくる。 まさかの時に、神仏をあてにしようとするだけ、まだニッポン人は宗教心がある。
それが恥ずかしい話だが、ユダヤ人の先祖のなかには、苦しくて困っていても、まだ神に祈らなかった民がいる。 ヨセフによれば、エジプトに住みついたヤコブ一族は、国王が変わると、一転して奴隷におとされた。そして石運び、レンガ作りと、土木作業にかりだされる毎日が続いた。
聖書はいう、「イスラエルの子らは、仕事の辛さにうめいた。悲鳴をあげた。苦役の叫びは神にとどいた」と。
いっけんすると、これはイスラエル版’苦しいときの神だのみ"のように見えるが、注意して読んでほしい、どこにも、「苦しいから、神に叫んだ」とは書いていない。ただ、「つらい、つらい、きつい、きつい、」とうめいていたのだ。その声があまり大きいので、しぜんと神のもとにとどいたのだ。
そして、神のほうが一方的に苦しみの声を聞きつけて、助けてやろうときめたところから、
エクソダス【出エジプト期】の物語がはじまっていく。
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嘆きの壁の由来ですね。
無神論者の太陽神教と自分は20歳ごろから考えていました。
十戒の映画の中でモーゼが神の話を聞くまでは信じないと、言うように。
自分も神を見るまでは信じることができませんでした。
仏教の本を読んだこともありました。しかしあまり心に響くものがなく理解できません。
その後読んだ、タルムードには洗脳されました。ホフマ ウイッダム、生きる哲学を学ぶのが楽しくて、最近は日々、神に感謝しています。