投稿

1月, 2017の投稿を表示しています

コヘレト 9

⑴わたしはこのすべての事に心を用いて、すべての事を明らかにしようとした。すなわち正しい者と賢い者、および彼らのわざが、神の手にあることを明らかにしようとした。愛するか憎むかは人にはわからない。彼らの前にあるすべてのことは空である。 ⑵すべての人には臨むところは、みな同様である。正しい者にも正しくない者にも、善良な者にも悪い者にも、清い者にも汚れた者にも、犠牲をささげる者にも、犠牲をささげない者にも、そののぞむところは同様である。善良な人も罪びとも異なることはない。誓いをなすことを恐れる者も異なることはない。 ⑶すべての人には同一に臨むのは、日の下に行われるすべての事のうちの悪事である。また人の心は悪に満ち、その生きている間は、狂気がその心のうちにあり、その後は死者のもとに行くのである。 ⑷すべて生ける者に連なる者には望みがある。生ける犬は、死せる獅子に勝るからである。 ⑸生きている者は死ぬべき事を知っている。しかし死者は何事をも知らない、また、もはや報いを受けることもない。その記憶に残る事がらさえも、ついに忘れられた。 ⑹その愛も、憎しみも、ねたみも、すでに消えうせて、彼らはもはや日の下に行われるすべての事に、永久にかかわることはない。 ⑺あなたは行って、喜びをもってあなたのパンを食べ、楽しい心をもってあなたの酒を飲むがよい。神はすでに、あなたのわざをよみせられたからである。 ⑻あなたの衣を常に白くせよ。あなたの頭に油を絶やすな。 ⑼日の下で神から賜わったあなたの空なる命の日の間、あなたはその愛する妻と共に楽しく暮らすがよい。これはあなたが世にあって受ける分、あなたが労苦によって得るものだからである。 10)すべてのあなたの手のなしうる事は、力をつくしてなせ。あなたの行く陰府には、わざも、計略も、知識も、知恵もないからである。 11)わたしはまた日の下を見たが、必ずしも早い者が競争に勝つのでもない。また賢い者がパンを得るのでもなく、さとき者が富を得るのでもない。また知識ある者が恵みを得るのでもない。しかし時と災難はすべての人には臨む。 12)人はその時を知らない。魚がわざわいの網にかかり、鳥がわなにかかるように、人の子らもわざわいの時が突然彼らに臨む時、それにかかわるのである。 13)またわたしは日の下にこのような知恵の例を見た。これはわたしにとって大きなことである...

全能の神 שדי

ラビ  ヤンケルフィッシャー より 「わたしは無宗教です」というニッポン人に出会うことが多い。 そんな人に、「神を信じなさいよ」とすすめても、断られるだけである。 では彼がまったく無宗教かというと、そうでもない、「自動車には交通安全のお守りをぶら下げている。     「いやこれは気やすめでして。まあ、まさかの時は、ないよりもいいでしょう」とくる。   まさかの時に、神仏をあてにしようとするだけ、まだニッポン人は宗教心がある。 それが恥ずかしい話だが、ユダヤ人の先祖のなかには、苦しくて困っていても、まだ神に祈らなかった民がいる。      ヨセフによれば、エジプトに住みついたヤコブ一族は、国王が変わると、一転して奴隷におとされた。そして石運び、レンガ作りと、土木作業にかりだされる毎日が続いた。 聖書はいう、「イスラエルの子らは、仕事の辛さにうめいた。悲鳴をあげた。苦役の叫びは神にとどいた」と。 いっけんすると、これはイスラエル版’苦しいときの神だのみ"のように見えるが、注意して読んでほしい、どこにも、「苦しいから、神に叫んだ」とは書いていない。ただ、「つらい、つらい、きつい、きつい、」とうめいていたのだ。その声があまり大きいので、しぜんと神のもとにとどいたのだ。 そして、神のほうが一方的に苦しみの声を聞きつけて、助けてやろうときめたところから、 エクソダス【出エジプト期】の物語がはじまっていく。 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………… 嘆きの壁の由来ですね。 無神論者の太陽神教と自分は20歳ごろから考えていました。 十戒の映画の中でモーゼが神の話を聞くまでは信じないと、言うように。 自分も神を見るまでは信じることができませんでした。 仏教の本を読んだこともありました。しかしあまり心に響くものがなく理解できません。 その後読んだ、タルムードには洗脳されました。ホフマ  ウイッダム、生きる哲学を学ぶのが楽しくて、 最近は日々、神に感謝しています。

古い諺

イスラエルの子の古い諺 「イスラエル人はけっして法を破らない、それを少しまげるだけだ」 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………… 自分の口ぐせは、決まりは変えるためにあるんでしょ。とよく言いますね。

賢者の教え

「自分の尊厳を大切にするのと同じくらいに、生徒の尊厳を尊重しなさい」 ラビ  ヒルシュは、これにふれて、「敬愛と従順ばかりを要求して、子どもの尊厳を認めない親は必ず失敗する」 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………      12月18日のブログより ⚫️いかなる人をも軽蔑してはならない。またどのようなことも無視してはならない。 なぜなら時をもたない人などあなたはみつけることはないし、所をえないものなどないからである。 「私を尊ぶ者を私は尊び、私を卑しめる者は軽んぜられるであろう」(サムエル上2-30)といわれている。 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………… 最近夫婦の会話で、いじめの定義について議論をしました。 かみさんがいうには、「幼い行為」 「日本は成人しても幼いの?   それは他人に対する感情で、"卑しめる"" 平安" "祝福"この三段階だと思う。 いじめとは卑しめる行為で、いい大人がいじめとは言わない方がいいと思う」と一方的に会話は終わりました。 アブラハムの神が「あなたを祝福する者は祝福され、あなたをのろう者はのろわれる」 アブラハムが親元から旅立つときの言葉です。    ヘブライ語で読むと、のろうは卑しめる、軽んぜると読めます。 平安はシャローム   イスラエルの挨拶の言葉。   何もない静かな幸せ。 祝福は幸運。セレブレーション。 イスラエルでは13歳で成人式を迎えます。その後はいじめは少ないのではないかと想像しました。 (ウイッキペディアより           いじめ (苛め、虐め、イジメ 英 :  Bullying )とは、「肉体的、精神的、立場的に自分より弱いものを、 暴力 や 差別 、 いやがらせ などによって一方的に苦しめること」である [2] 。

コヘレト 10

⑴ 死んだハエは、香料を作る者の油を臭くし、少しの愚痴は知恵と誉も重い。 ⑵知者の心は彼を右に向けさせ、愚者の心は左に向けさせる。 ⑶愚者は道を行く時、思 慮が足りない、自分の愚かなことをすべての人に告げる。 ⑷つかさたる者があなたに向かって立腹しても、あなたの所を離れてはならない。温順は大いなるとがを和らげるからである。 ⑸わたしは日の下に一つの悪のあるのを見た。それはつかさたる者から出るあやまちに似ている。 ⑹すなわち愚かなる者が高い位置に置かれ、富める者が卑しい所に座している。 ⑺わたしはしもべたる者が馬に乗り、君たる者が奴隷のように徒歩で歩くのを見た。 ⑻穴を掘る者は自らのそれに陥り、石垣を壊す者は、へびにかまれる。 ⑼石を切り出す者はそれがために傷をうけ、木を割る者はそれがために危険にさらされる。 10)鉄が鋭くなったとき、人がその刃をみがかなければ、力を多くこれに用いねばならない。しかし、知恵は人を助けてなし遂げさせる。 11)へびがもし呪文をかけられる前に、かみつけば、へび使いは益がない。 12)知者の口の言葉は恵みがある、しかし愚者のくちびるはその身を滅ぼす。 13)愚者の口の言葉の初めは愚痴である、またその言葉の終わりは悪い狂気である。 14)愚者は言葉を多くする、しかし人はだれも後に起こることを知らない。だれがその身の後に起こる事を告げることができようか。 15)愚者の労苦はその身を疲れさせる、彼は町にはいる道をさえ知らない。 16)あなたの王はわらべであって、その君たちが朝から、ごちそうを食べる国よ、あなたはわざわいだ。 17)あなたの王は自主の子であって、その君たちが酔うためでなく、力を得るために、適当な時にごちそうを食べる国よ、あなたはさいわいだ。 18)怠惰によって屋根は落ち、無精によって家は漏れる。 19)食事は笑いのためになされ、酒は命を楽しませる。金銭はすべてのことに応じる。 20)あなたは心のうちでも王をのろってはならない、また寝室でも富める者をのろってはならない。空の鳥はあなたの声を伝え、翼のあるものは事を告げるからである。 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………… 19)食事をするのは笑うため、酒は人生を楽しむため、銀はすべてに答えてくれる。 ここがいいですね...

日本人的コミュニケーションの国際的欠陥

春遍   雀来さんの著書より。 ボクはコーヒーが好きなので、喫茶店ではたいていコーヒーを飲む。日本ではカップの4分の3か3分の2くらいまで、入れるのが決まりのようで、それ以上入れる店はほとんどない。しかし、大部分の外国では、もっと大きなカップに溢れるほどなみなみと注いでくれる ……………………………………………………………………………………………………………………………………………… つづきは後日にします。

ヘルムの阿呆

賢い男の千の質問に答えるのは、愚かな男の一つの質問に答えるより、ずっとやさしい。 馬鹿は種を蒔くことがない-----馬鹿はひとりでにはえる。 あなたを尊敬する者には辞を低くせよ。 あなたを蔑む者には高びしゃに出よ。

哲学者エミール・ファンケンハイム

は次のように書いている。 「ナチの大虐殺で殺された100万近いユダヤの子供たちは、自らの信仰のせいでもなく、また、その信仰にもかかわらず、死んだというわけではない。彼らが殺されたのは、その祖父母の信仰のせいである。もし彼らの偉大なる祖父母がユダヤの信仰を捨てて、ユダヤ人としての子供を育てることに失敗していたら。その四代目の子供たちは、ユダヤ人犠牲者の間ではなく、ナチの死刑執行人の間にいたかもしてない」 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………… バイエッヒ  そして生きた           ויחי 創世記の最後、ヤコブがマクベらに葬られる話です。 ここからの数百年のエジブトでの奴隷の詳しい話はありません。 祝福から呪いに変わっていくんですね。 ואברכה מברכין ומקלל אאר

内省

ヨセフの人格は監獄でみがかれた。 人生のどんぞこにおちた、人びとと出会うことによって、彼は人間の洞察を深めていった。自分自信に対しても、運命をみつめ、自己を、考える時間をえた。 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………

悪人の隠れ家

苦しみや恥辱を引き起こすものは、決して「しかし、これはハラハーであるからと」と主張しても議論で容赦されることはできぬ罪だからである。 ラビたちは、正式の律法やハラハーの名で語られる条項が   "悪の隠れ家“  になる恐れがあることをつねに自覚していた。ラビたちは、私たちが律法の文字にとらわれず、つまり律法自身が目的ではなく、むしろ律法は「汝は聖であれ」という高き目的にいたる手段にすぎないということを忘れるなと説いている。  ラビ ピンハスペリー  訳手島イザヤ先生 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………… 自分の人生感そのものです。   法律の議論になると常に言う言葉は、法律はすべて正しいですか? です。 国や環境、民族や宗教や思想により善と悪の解釈は変わると思います。 それを法治国家だからとすべてを法律のままに裁くのは危険だと思います。 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………… 律法やハラハーを法律に変えて。     善と悪  悪の隠れ家 法律の名で語られる条項が、悪の隠れ家  になる恐れがあることをつねに自覚していた。法律家たちが、法律の文字にとらわれず 、つまり法律自身が目的ではなく、むしろ法律は「あなたは善であれ」 正しいことと悪いことを自分で考える道徳を忘れないことだとおもいます。 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………… 去年9月のブログ 正義 正義 申命記  16ー20 「正義、正義だけを追い求めなければならない」 なぜここに二回も正義(ツェデク)が繰り返されているのか。 正義を追い求めることは人間の最も高い理想として大切だが、この正義はまた正義にかなった方法で追い求めなければならない。 すなわち「正義を正義で追い求めよ」の意。目標が正義にかなっていればそれに達する方法はどうでもいいわけではない。 さらに「正義」が2回繰り返されるということは、正義を追求するさい、一方的になってはいけないということも教えてくれている。常に自分達の方が正しいと主張する人がいる...

コヘレト12

①あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、 ②また、日や光や、月や星の暗くならない前に、雨の後にまた雲が帰らないうちに、そのようにせよ ③その日になると 、家を守る者は震え、力ある人はかがみ、ひきこなす女は少ないために休み、窓からのぞく者の目はかすみ、 ④町の門は閉ざされる。その時ひきこなす音は低くなり、歌の娘たちは皆、低くされる。 ⑤彼らはまた高いものを恐れる。恐ろしものが道にあり、アメンドウは花咲き、いなごはその身をひきずり歩き、その欲望は衰え、人が永遠の家に行こうとするので、泣く人が、ちまたを歩きまわる。 ⑥その後、銀のひもは切れ、金の皿は砕け、水がめは泉のかたわらで砕ける。 ⑦ちりは、もとのように土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る。 ⑧コヘレトは言う、「空の空、いっさいは空である」と。 ⑨さらにコヘレトは知恵があるゆえに、知識を民に教えた。彼はよく考え、尋ねきわめ、数多の箴言をまとめた。 ⑩コヘレトは望ましい言葉を得ようとつとめた。また真実の言葉を正しく書きしるした。 11)知者の言葉は突き棒のようであり、またよく打った釘のようなものであって、ひとりの牧者から出た言葉が集められたものである。 12)わが子よ、これら以外のことにも心を用いよ。多くの書を作れば際限がない。多く学べば体が疲れる。 13)ことの帰する所は、すべて言われた。すなわち、神を恐れ、その命令を守れ。これはすべての人の本分である。 14)神はすべてのわざ、ならびにすべての隠れたことを善悪ともにさばかれるからである。