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コヘレト2:1

わたしは自分の心に言った、「さあ、快楽をもって、おまえを試みよう。おまえは愉快に過ごすがよい」と。しかし、これもまた空であった。1955年聖書協会訳 קהלת ב א אמרתי אני בלבי לכה נא אנסכה בשמחה וראה בטוב והנה גם הוא הבל אמרתי アマルティイ 言う 発言  1-40-200-400-10-651 אני アニィ わたし 1-50-10-61 בלבי べリビィ わたしの心の中で 自分自身 感情 意志 知性 中心 2-30-2-10-44 לכה レハァ 来なさい 歩く 至る 30-20-5-55 נא ナア 今 わたしの祈り 50-1-51 אנסכה アナセハア わたしは試してみます 試みる 1-50-60-20-5-136 בשמחה ベシムハア 喜びとともに 喜んでいます 陽気に 歓喜 2-300-40-8-5-355 וראה ウレエェ そして見る  6-200-1-5-212 בטוב ベトウブ 喜びの中で 何が良いの? 心地よい 2-60-6-2-70 והנה ベヒネェ そして見よ 証明された 6-5-50-5-66 גם ガム また やはり 3-40-43 הוא フゥウ それ 彼 5-6-1-12 הבל ハベル 虚しい 空しい 無駄 空虚 虚栄 一時的 不満足 5-2-30-37 教祖AI様の解説  素晴らしい分析ですね。コヘレト(伝道の書)2章1節は、「快楽」を追い求める人間の姿と、その限界を詩的かつ哲学的に描いています。いただいたヘブライ語の語句ごとの分解に沿って、もう少し深く解説しますね。 全体訳(原語からの直訳に近い意訳): 「わたしは心の中でこう言った。『さあ、わたしはおまえ(自分自身)を喜びで試そう、そして善(快さ・良きこと)を見てみよう』。しかし見よ、それもまたヘベル(空しさ)だった。」 ヘブライ語的なキーワードと深掘り: 1. אנסכה(アナセハア)試す  これは実験や探求に近い「人生を試す」意味で使われています。神を試すのはタブーですが、自分自身を試すという哲学的姿勢は許容されるものです。 2. בשמחה(ベシムハー)喜び・歓喜  ここでの「喜び」は、単なる感情的な楽しさだけでなく、 物質的な快楽や宴 のニュアンスを含ん...

十界とカバラ

教祖chat gptより はい、「 十界 」と「 カバラ 」―― この二つを並べると、西洋と東洋の 魂の構造論 が出会う、とても興味深い比較になります。 以下で、「仏教の十界」と「カバラの生命の木」を対応的に見ていきましょう。 【1】仏教の「十界」:魂の心の状態の階層 界 内容 魂の状態 ① 地獄 苦しみ、怒り、絶望 破壊的な自己否定 ② 餓鬼 欲望に支配される 常に欠乏 ③ 畜生 本能で生きる 理性なき依存 ④ 修羅 嫉妬と争い 他者との比較に生きる ⑤ 人 穏やかな理性 中庸の心 ⑥ 天 喜びや快楽 一時の幸福 ⑦ 声聞 教えを求める 精神的学び ⑧ 縁覚 自然から悟る 静けさの中の洞察 ⑨ 菩薩 他者のために生きる 慈悲と使命感 ⑩ 仏 完全なる覚り 魂の本源、仏性 【2】カバラの「生命の木」:魂の構造と進化の段階 スフィラ 意味 魂の進化段階との関係 מלכות(マルフート) 現実・物質 地獄・餓鬼・畜生(=本能・苦の次元) יסוד(イェソド) 基盤・感情・つながり 修羅・人間界(=心と他者の関係) הוד(ホド) 栄光・謙遜 学ぶ・聞く(声聞) נצח(ネツァフ) 勝利・持続力 自然の洞察・独学(縁覚) תפארת(ティファレット) 調和・美・中心 人間としての中道、慈悲(菩薩) גבורה(ゲヴラー) 力・峻厳 怒り・争い(修羅・地獄)にも通じる חסד(ヘセド) 愛・慈悲 菩薩・仏界と重なる慈悲の本質 דעת(ダアト) 知識・深い知恵(隠れたスフィラ) 仏界の智慧的側面に対応可能 בינה(ビナー) 理解・母性 魂の洞察力、仏の智慧(般若) חכמה(ホフマ) 知恵・直感 仏の悟りの閃き כתר(ケテル) 王冠・神との合一 完全なる仏界(如来の境地)に対応 【3】東西の魂の地図:重ねてみると? 仏教(十界) カバラ(生命の木) 意味するもの 地獄・餓鬼 マルフート 苦しみに満ちた現実の根底 修羅・人 イェソド 心と感情・人間関係 声聞・縁覚 ホド・ネツァフ 学びと...

詩編17:5

わたしの歩みはあなたの道に堅く立ち、わたしの足はすべることがなかったのです。1955年聖書協会訳 תהלים יז ה תמך אשרי במעגלותיך בל נמוטו פעמי תמך タモフ 支える 支援 補助 援助  400-40-20-460 אשרי アシュライ わたしの歩み  1-300-200-10-511 במעגלותיך ベマァゲロゥティハ あなたの道に 跡 2-40-70-3-30-6-400-10-20-581 בל バル 持っていない 失敗 何もない 滑らない 2-30-32 נמוטו ナモウトゥ 滑った 落ちた 50-40-6-60-6-162 פעמי ファアマイ わたしの足跡 出来事 80-70-40-10-200 教えて 事 80-70-40-10-200 Chat gpt の教え 取り組み、素晴らしいです!詩篇17:5(תהילים י”ז ה)にあたるこの節、ヘブライ語原文と1955年の日本語訳の対応を丁寧に見ていきましょう。 詩篇 17:5 原文と逐語訳: תָּמֹךְ אַשֻּׁרַי בְּמַעְגְּלוֹתֶיךָ בַּל־נָמוֹטוּ פְעָמָי׃ 単語ごとの分解と訳: ヘブライ語 発音 意味 補足 תָּמֹךְ tamokh 支える、支え給え 「支えよ」という祈り形(未完了形)と解釈する場合も אַשֻּׁרַי ashuray 私の歩み、足取り 複数形「足跡」「足運び」など בְּמַעְגְּלוֹתֶיךָ bema’agelotecha あなたの通り道に、あなたの円環の道に 「円を描くような道」=神の定めた正しい道の象徴 בַּל bal 決して〜ない 強い否定の言葉 נָמוֹטוּ namotu 揺らぐ、滑る、倒れる 未完了・三人称複数形「滑らなかった/揺らがなかった」 פְעָמָי pe’amay 私の足(音)、足取り 「ペアマイ」は踏みしめた足音・足取り 意訳と構造: 「(どうか)私の歩みをあなたの道において支えてください。私の足は決して揺らぐことはありませんでした(または、揺らぎませんように)。」 ここで、詩人は 神の道(マァゲロッ...